| ~最小消費エネルギーの理論限界に迫る情報処理デバイス実現へ~ |
| 発表のポイント: | ||||||||||
|
||||||||||
| NTT株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、室温で動作する半導体メモリ素子(DRAMセル)において、電子数の変化を1個単位で検出可能なNTT独自のナノメートルスケール電子デバイスを用いた単電子検出技術により、熱とエントロピーを電子1個単位で同時に測定することに世界で初めて成功しました。さらに、この測定により、情報処理における最小消費エネルギーの理論限界を実験的に検証しました。 また、消費エネルギーが理論限界を上回る原因として、従来指摘されてきた高速処理や周辺回路の影響に加え、情報を保持する際の熱的な不安定性が重要であることを示しました。本研究により、熱力学の観点から情報処理回路の消費エネルギーを評価する道が開かれ、省エネルギー情報処理デバイスや次世代メモリ技術の開発への応用が期待されます。本成果は2026年3月20日に米国学術誌「Physical Review Letters」に掲載されました。 | ||||||||||
|
||||||||||
|
1.背景 情報処理の省エネルギー化は、生成AIの普及に伴う電力消費の増大を背景に喫緊の課題となっており、さまざまな研究開発が行われています。一方で、より原理的な観点から、情報と熱力学の間に深い関係があることが近年明らかになっています。例えば情報処理では、ばらついた情報を一定の状態に揃える「初期化操作」が行われます。この際、情報のばらつきを表すエントロピーが減少し、その代償として発熱、すなわちエネルギー消費が生じます。 このエネルギー消費の理論的最小値はランダウア限界(※3)として知られており、情報処理の省エネルギー化を考える上での重要な指標となっています(図2)。しかし、実際の電子デバイスでは、この限界を大きく上回るエネルギーが消費されており、その乖離の原因解明が、省エネルギーデバイス創出に向けた重要課題となっています。 |
||||||||||
|
||||||||||
| 従来、この乖離は高速処理や周辺回路の影響によるものと考えられてきましたが、実験的な検証は行われていませんでした。NTTはこれまで、情報と熱力学の関係に着目した研究(マクスウェルの悪魔(※4)による発電の実証など)に取り組んできましたが、本研究では、電子デバイスにおける情報処理の省エネルギー限界の解明をめざしました。具体的には、高速処理や周辺回路の影響を排除するため、Dynamic Random Access Memory (DRAM)において1ビットを構成する最小単位のメモリ素子であるDRAMセルの回路構造(図3)を対象に、低速で初期化操作を行った場合にランダウア限界に到達するかを検証しました。 | ||||||||||
|
||||||||||
| しかし、この検証には技術的な課題がありました。ランダウア限界に迫る極限条件下では、検証に必要なエントロピーや熱の信号が極めて微小で雑音に埋もれやすく、室温で動作する半導体素子においてこれらを測定する手段が存在しなかったためです。 | ||||||||||
|
2.技術のポイント NTTは独自のシリコンナノデバイスを用いた単電子検出技術を応用することで、この課題を解決しました。具体的には、微細加工技術により作製した高性能検出器を用いて(図4(a, b))、キャパシタに蓄えられた電荷量を単電子単位で測定し(図4(c))、その情報から以下の方法で熱およびエントロピーを評価することに成功しました。 1. 熱の測定 情報処理に伴って電子がリードとキャパシタの間を移動する際、両者の電位差に応じて熱(発熱または吸熱)が生じます。したがって、電子が移動する瞬間のリードとキャパシタの電位が分かれば、熱量を計算できます。本研究では、キャパシタの電位を電荷量から算出し、外部印加電圧として既知であるリードの電位と組み合わせることで、熱を測定することが可能になりました(図4(d, e))。 |
||||||||||
|
2. エントロピーの測定 |
||||||||||
| エントロピーは、情報の確率分布から計算される物理量です。DRAMセルの情報を決めるキャパシタの電荷量を単電子単位で測定することで情報を正確に取得できるため、これによりエントロピーを計算することが可能になりました。(図4(f))。 | ||||||||||
|
||||||||||
|
3.実験の概要 DRAMセルでは、キャパシタに蓄えられた電荷量に応じて1ビットの情報が記録されます。初期化時に注入する電荷量を増やすと、熱揺らぎに起因する初期化エラー率(※5)が低下し、その結果としてエントロピー減少量が増加します。そこで、注入する電荷量を複数の条件で変化させ、エントロピー減少量と熱量の関係を調べました。 その結果、エントロピーが減少するほど発生する熱量が増加し、その増加率も大きくなることが分かりました(図5)。これは、初期化エラー率が減少するほど、熱量がランダウア限界から乖離していくことを示しています。このことは、高速処理や周辺回路の影響だけでは、この乖離の原因を説明できないことを示しており、従来の認識を覆す重要な知見です。 |
||||||||||
|
||||||||||
| さらに詳細な解析により、DRAMセルは熱的に不安定な状態(非平衡状態)に情報を保持しているため、初期化操作の途中で熱的に安定な状態(平衡状態)へ移行する際に余分な熱が発生し、ランダウア限界を達成できないことが分かりました。したがって、ランダウア限界に迫る省エネルギーメモリ素子の創出には、熱的に安定な状態に情報を保持できる構造を用いる必要があることが示されました。 | ||||||||||
|
4.今後の展開 本技術により、DRAMセル構造におけるエントロピーと熱を定量的に評価することが可能となりました。さらに、本技術は他の回路構造の評価にも応用可能です。今後、本技術をさまざまな情報処理回路へ応用することで、省エネルギー性に優れた回路構造の解明が期待されます。 本研究で得られた知見をもとに、DRAMセルを超える新たな省エネルギーメモリデバイスや、熱揺らぎを計算資源として活用する新しいコンピューティング技術の実現をめざします。 |
||||||||||
|
5.掲載論文誌情報 掲載誌:Physical Review Letters 論文タイトル:Thermodynamic Constraints in Dynamic Random-Access Memory Cells: Experimental Verification of Energy Efficiency Limits in Information Erasure 著者:Takase Shimizu, Kensaku Chida, Gento Yamahata, Katsuhiko Nishiguchi DOI:https://doi.org/10.1103/1sgm-dhys URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/1sgm-dhys |
||||||||||
|
【用語解説】 ※1. ナノメートル:10億分の1メートル、最先端の電子デバイス加工などで用いられる単位。 ※2. エントロピー:ここでは、S=-ipilnpi で定義される情報エントロピー(シャノンエントロピー)を指します。pi は、ある瞬間に系が論理状態i を取る確率です。情報エントロピーは、状態の確率に偏りがないほど、すなわち情報のばらつきが大きいほど大きくなります。例えば、メモリに入っている1ビットが必ず0だと分かっている場合に比べて、0か1か分からない場合の方が、情報エントロピーは大きくなります。 ※3. ランダウア限界:情報エントロピーが減少するような情報処理を行った場合に、最低限それに対応した発熱が生じるという熱力学第二法則(エントロピー増大則)から導かれる発熱量の下限値。 ※4. マクスウェルの悪魔:熱ゆらぎで生じる粒子や系の微視的状態を測定し、その測定結果に基づいた操作(フィードバック制御)を行うデバイス。NTTは2017年にマクスウェルの悪魔を用いた発電を実証しています。 熱ノイズを選り分けて電流を流すことに成功~マクスウェルの悪魔による発電~ | ニュースリリース | NTT ※5. 初期化エラー率:例えば、図2のようにすべての情報を1に初期化しようとした際に、一部が0のまま残ってしまう割合を初期化エラー率といいます。初期化エラー率が小さいほど、初期化後の情報のばらつきは小さくなり、エントロピーも小さくなります。その結果、初期化に伴うエントロピー減少量は大きくなります。 |
||||||||||