国内大規模レセプトデータベース(NDB)を用いた31万5,046名の解析
順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学の加藤忠史 主任教授と、一般社団法人臨床疫学研究推進機構の奥村泰之 代表理事らの研究グループは、双極症*¹に対して用いられる気分安定薬および抗精神病薬の単剤療法と併用療法の再発予防効果を、厚生労働省が保有する匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)を用いて網羅的に検討しました。なかでも本研究では、これまで十分に検討されてこなかった、炭酸リチウムと他の気分安定薬(バルプロ酸ナトリウム、ラモトリギン、カルバマゼピン)または抗精神病薬との併用療法に着目しました。 研究グループは、双極症を有する31万5,046名の患者を特定し、各薬剤の単剤療法の有用性を確認するとともに、さまざまな組み合わせによる併用療法の有用性を系統的に精査しました。その結果、炭酸リチウムの単剤療法が入院リスクの低下と関連することが確認されました。さらに、炭酸リチウムとカルバマゼピン、ゾテピン、アリピプラゾール、またはバルプロ酸ナトリウムとの併用療法では、炭酸リチウム単剤療法と比べて入院リスクがさらに低いことが明らかになりました。本成果は、特に単剤療法で十分な効果が得られなかった双極症に対する治療薬選択に、新たな手がかりを与えるものと期待されます。
本論文は、British Journal of Psychiatry誌オンライン版に2026年4月30日付で掲載されました。
 
本研究成果のポイント
●  炭酸リチウムをはじめとする単剤療法の再発予防効果を、リアルワールドデータ*²を用いて確認
●  炭酸リチウムの単剤療法と比べて、より低い入院リスクと関連する併用薬剤を系統的に特定
●  NDBを用いた双極症研究の可能性を示した
背景
双極症(双極性障害)は、躁状態とうつ状態という気分の変動を特徴とする精神疾患です。これまで、双極症の診療ガイドラインは主として臨床試験によるエビデンスに基づいて作成されてきました。しかし、炭酸リチウムのように古くから用いられている薬剤では、十分なエビデンスが必ずしも蓄積されておらず、併用療法については臨床試験がほとんど実施されていないことから、治療選択が難しい面がありました。
一方、観察研究では、北欧諸国の全国規模の医療データベースを用いて、炭酸リチウムを含む双極症治療薬の有用性に関するリアルワールドエビデンスが蓄積されてきましたが、併用療法の有用性については十分に検討されていませんでした。そこで、本研究では、双極症に対する気分安定薬および抗精神病薬の単剤療法と併用療法の再発予防効果を網羅的に検討しました。
 
研究内容
1.双極症を有する患者の特定
厚生労働省が保有する匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)を活用し、以下の基準により双極症を有する患者を特定しました。まず、組み入れ期間(2013年4月~2022年3月)において、精神科入院または精神科外来受診に関するレセプト(診療報酬明細書)に、双極症の病名が主傷病として記載された861,016名の患者を特定しました。さらに、維持用量(200 mg/日)以上の炭酸リチウムの処方を2回以上有すること、認知症関連の傷病名または治療歴を有さないこと、20歳以上であることなどの適格基準を適用し、最終的な解析対象集団は315,046名となりました。
このデータに基づくと、日本で医療機関を受診している双極症患者数は、およそ31万人から86万人の間と推定されました。この推定値は、先行するウェブ調査(Kato et al., Journal of Affective Disorders, 2021)において、日本の双極症の推定有病率を0.6%として算出された約74万人という値に近いものでした。
2.単剤療法の再発予防効果
この315,046名について、2023年5月または最終受診日(死亡を含む)のいずれか早い時点まで追跡しました(追跡期間の中央値:7.1年)。追跡期間中に、83,621名が精神科入院を経験していました。
 追跡期間中、炭酸リチウムなどの気分安定薬が単剤で処方されている期間において、気分安定薬の処方がない期間と比べて精神科入院リスクが低いかどうかを、個人内比較デザインにより検討しました(図1)。その結果、炭酸リチウム(調整ハザード比[aHR]0.67、95%信頼区間[CI]0.66-0.68)、バルプロ酸ナトリウム(aHR 0.71、95% CI 0.70-0.73)、ラモトリギン(aHR 0.72、95% CI 0.69-0.75)、カルバマゼピン(aHR 0.74、95% CI 0.70-0.78)の単剤療法を受けている期間は、いずれの気分安定薬も使用していない期間と比べて、精神科入院リスクが低いことが示されました。
図1.気分安定薬の単剤処方期間と、気分安定薬非処方期間における精神科入院リスクの比較
aHRは調整ハザード比、CIは95%信頼区間を示しています。各薬剤について、単剤処方期間における精神科入院リスクを、いずれの気分安定薬も処方されていない期間と比較しました。aHRが1未満であるほど、単剤処方期間における精神科入院リスクが低いことを示しています。解析では、時間依存性共変量として、抗精神病薬の使用、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用、抗うつ薬の使用、インターフェロン製剤など気分に悪影響を及ぼしうる薬剤の使用、および観察期間開始からの経過時間を調整しました。
 
加えて、抗精神病薬の単剤療法についても検討したところ、15種類の抗精神病薬の単剤療法が、抗精神病薬を使用していない期間と比べて、精神科入院リスクの低下と関連していました(図2)。
これらの結果は、同様の手法を用いた先行研究(Lahteenvuo et al., JAMA Psychiatry, 2018;Lahteenvuo et al., British Journal of Psychiatry, 2023)と類似していました。また、先行研究と比べて5倍以上の患者数を確保できたことから、併用療法の有用性についても検討可能であると考えました。
 
 
図2.抗精神病薬の単剤処方期間と、抗精神病薬非処方期間における精神科入院リスクの比較(抜粋)
aHRは調整ハザード比、CIは95%信頼区間を示しています。各薬剤について、単剤処方期間における精神科入院リスクを、いずれの抗精神病薬も処方されていない期間と比較しました。aHRが1未満であるほど、単剤処方期間における精神科入院リスクが低いことを示しています。解析では、時間依存性共変量として、気分安定薬の使用、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用、抗うつ薬の使用、インターフェロン製剤など気分に悪影響を及ぼしうる薬剤の使用、およびコホート組み入れからの経過時間を調整しました。LAIは持続性注射剤(long-acting injectable)を示しています。
 
3.併用療法の再発予防効果
次に、炭酸リチウム単剤療法と、炭酸リチウムに他の気分安定薬または抗精神病薬(処方頻度上位10薬剤)を併用した療法とを比較しました。その結果、炭酸リチウム単剤療法を受けている期間と比べて、炭酸リチウムとカルバマゼピン、ゾテピン、アリピプラゾール、またはバルプロ酸ナトリウムとの併用療法を受けている期間の方が、精神科入院リスクが低いことが示されました(図3)。
 
図3.炭酸リチウムの単剤処方期間と、併用処方期間における精神科入院リスクの比較
aHRは調整ハザード比、CIは95%信頼区間を示しています。各薬剤について、炭酸リチウムとの併用処方期間における精神科入院リスクを、炭酸リチウム単剤処方期間と比較しました。aHRが1未満であるほど、併用処方期間における精神科入院リスクが低いことを示しています。解析では、時間依存性共変量として、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用、抗うつ薬の使用、インターフェロン製剤など気分に悪影響を及ぼしうる薬剤の使用、およびコホート組み入れからの経過時間を調整しました。
 
同様に、バルプロ酸ナトリウム単剤療法と、バルプロ酸ナトリウムに抗精神病薬(処方頻度上位10薬剤)を併用した療法とを比較しました。その結果、バルプロ酸ナトリウム単剤療法を受けている期間と比べて、バルプロ酸ナトリウムとブレクスピプラゾール、アリピプラゾール、オランザピン、リスペリドン、またはクエチアピンとの併用療法を受けている期間の方が、精神科入院リスクが低いことが示されました(図4)。
 
図4.バルプロ酸ナトリウムの単剤処方期間と、併用処方期間における精神科入院リスクの比較
aHRは調整ハザード比、CIは95%信頼区間を示しています。各薬剤について、バルプロ酸ナトリウムとの併用処方期間における精神科入院リスクを、バルプロ酸ナトリウム単剤処方期間と比較しました。aHRが1未満であるほど、併用処方期間における精神科入院リスクが低いことを示しています。解析では、時間依存性共変量として、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用、抗うつ薬の使用、インターフェロン製剤など気分に悪影響を及ぼしうる薬剤の使用、およびコホート組み入れからの経過時間を調整しました。
 
さらに、ラモトリギン単剤療法と、ラモトリギンに抗精神病薬(処方頻度上位10薬剤)を併用した療法とを比較しました。その結果、ラモトリギン単剤療法を受けている期間と比べて、ラモトリギンとアリピプラゾールまたはクエチアピンとの併用療法を受けている期間の方が、精神科入院リスクが低いことが示されました(図5)。
 
図5.ラモトリギンの単剤処方期間と、併用処方期間における精神科入院リスクの比較
aHRは調整ハザード比、CIは95%信頼区間を示しています。各薬剤について、ラモトリギンとの併用処方期間における精神科入院リスクを、ラモトリギン単剤処方期間と比較しました。aHRが1未満であるほど、併用処方期間における精神科入院リスクが低いことを示しています。解析では、時間依存性共変量として、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用、抗うつ薬の使用、インターフェロン製剤など気分に悪影響を及ぼしうる薬剤の使用、およびコホート組み入れからの経過時間を調整しました。
 
本研究の意義と今後の展開
本研究は、双極症患者における精神科入院の減少に対する、気分安定薬および抗精神病薬の単剤療法と併用療法の有用性を、実臨床下で評価した最大規模の研究です。
気分安定薬および抗精神病薬の単剤療法に関する分析では、気分安定薬の単剤療法を受けていた期間は、いずれの気分安定薬も使用していなかった期間と比べて、精神科入院リスクが低いことが示されました。気分安定薬による入院リスク低減効果は、リチウム、バルプロ酸ナトリウム、ラモトリギン、カルバマゼピンの順であり、リチウムが最も大きな予防効果を示すことが示唆されました。この結果は、先行研究とも一致しています(Lahteenvuo et al., JAMA Psychiatry, 2018;Lahteenvuo et al., British Journal of Psychiatry, 2023)。
抗精神病薬の単剤療法では、スルトプリドで最も大きなリスク低減が認められ、次いでパリペリドン持続性注射剤、アリピプラゾール持続性注射剤、プロペリチアジン、経口アリピプラゾールの順でした。
併用療法の単剤療法に対する優位性を系統的に評価した観察研究は、本研究が初めてです。分析の結果、リチウム単剤療法の期間と比べて、リチウムとカルバマゼピン、ゾテピン、アリピプラゾール、またはバルプロ酸ナトリウムを併用していた期間では、精神科入院リスクが低いことが示されました。
これらの知見は、リチウム+オランザピンのみがリチウム単剤療法よりも有効であったとする先行研究の結果とは異なります(Wingard et al., Journal of Affective Disorders, 2017)。この相違の原因は不明ですが、本研究では個人内比較デザインを採用したことから、交絡バイアス*³に対する耐性がより高かった可能性があります。さらに、気分安定薬と抗精神病薬の併用療法のうち、アリピプラゾールは、気分安定薬単剤療法と比べて一貫して追加的な有用性を示しました。これは、ランダム化比較試験のネットワークメタ解析の結果とも部分的に一致しています(Kishi et al., Bipolar Disorders, 2021)。
これらの知見は、単剤療法では十分な反応が得られない場合などに、併用薬を選択する際の指針となる可能性があります。また、本研究の結果は、単剤療法よりも併用療法を推奨する診療ガイドラインの記載を部分的に支持するものです(Kato et al., Psychiatry and Clinical Neurosciences, 2024)。
さらに、今回、日本で開発された薬剤であり、国際的には認知度が低いゾテピンが、単剤療法ならびにリチウムとの併用療法のいずれにおいても入院リスクの低下と関連していたことから、双極症治療におけるその有用性が示唆されました。ゾテピンは日本では長く使用されていますが、米国食品医薬品局(FDA)などの主要な規制当局では承認されていません。本研究の結果は、双極症におけるゾテピンの潜在的な有用性を裏づける新たなリアルワールドエビデンスを提供するものです。
本研究には、いくつかの限界もあります。例えば、症状の重症度や併存疾患を十分に考慮できていないこと、状態が悪化した際に投薬が開始されることでリスクが過大評価される可能性があること、また、処方記録が実際の服薬状況を正確に反映していない可能性があることなどです。
 
用語解説
*1 双極症(双極性障害): 以前は躁うつ病と呼ばれていた。気分が高揚する躁状態または軽躁状態と、気分が落ち込むうつ状態を繰り返す、主要な精神疾患の一つで、人口の1%弱が罹患する。躁状態を伴う双極I型障害と、軽躁状態とうつ状態を伴う双極II型障害に分類される。躁状態では、行きすぎた行動により、社会的な損失を被ることがある。
*2 リアルワールドデータ: 臨床試験(治験)でなく、日常診療の中で蓄積される医療データ。臨床試験の対象者は限られており、実社会の多様な患者さんを代表しているとは言えない、という課題があることから、レセプトデータなど、実際の医療現場で生まれる膨大なデータを活用しようという機運が高まっている。
*3 交絡バイアス: 本当は因果関係がないのに、別の要因のせいで関係があるように見えてしまう(正の交絡バイアス)、あるいは本当は因果関係があるのに、別の要因のせいで関係がないように見えてしまう(負の交絡バイアス)こと。
 
研究者のコメント
今回、日本のNDBを用いた大規模な研究により、意義ある結果が得られたことは、NDBが北欧のデータベースに匹敵する有用性を持つ可能性を示すものと言えます。これまで、北欧のデータベースは良いが日本のデータベースはだめ、と思われがちでした。確かに、保険請求用の病名しかないことはこのデータベースの弱点ですが、これを補う方法を用いて、国民皆保険制度を持つ日本のデータベースをもっと活用し、人類の福祉に役に立てることは研究者の使命ではないでしょうか。
日本うつ病学会による双極症の診療ガイドラインを改訂(2023年)した際は、ランダム化比較試験のデータを元に推奨薬を決定したため、エビデンスのない組合せを推奨することは出来ませんでした。今回のようなリアルワールドエビデンスも、今後診療の参考になるのではないかと期待しています。
(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学 教授 加藤忠史)
 
原著論文
本研究はBritish Journal of Psychiatry誌のオンライン版に2026年4月30日付で公開されました。
タイトル: Real-world effectiveness of mono- and combination therapies of mood stabilizers and antipsychotics in bipolar disorder: A nationwide within-individual study of 315,046 patients
タイトル(日本語訳): 双極症における気分安定薬および抗精神病薬の単剤療法および併用療法の臨床的有用性:315,046名の患者を対象とした全国規模の個人内比較研究
著者: Yasuyuki Okumura, PhD1, Hidetaka Tamune, MD, PhD2, Hiroyuki Harada, MD, PhD2, Tadafumi Kato,
MD, PhD2
著者(日本語表記): 奥村泰之1 、田宗秀隆2、原田寛之2、加藤忠史2
著者所属:1) 一般社団法人臨床疫学研究推進機構、2) 順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学
DOI: 10.1192/bjp.2026.10636
 
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)研究費 障害者対策総合研究開発事業<精神障害分野> (ドラッグリポジショニングによる新規気分安定薬の開発)(加藤忠史、奥村泰之)の助成を受けて行われました。