ウイルスの増殖を“二段階で止める”独自メカニズム
横浜薬科大学(学長:都築明寿香)の特別栄誉教授・理事である大類 洋教授が、自ら分子設計・合成を行い創製した化合物イスラトラビルを基盤とする抗HIV薬「イドビンソ(R)」が、ヤマサ醤油株式会社および満屋弘明博士(国立国際医療研究センター研究所長)による生物学的評価研究を経て、臨床試験を実施したMSD株式会社の申請により、2026年4月15日、世界に先駆けて日本で発売しました。
この件のポイント
従来薬の課題を克服することを目的として、大類 洋教授が横浜薬科大学において分子設計・合成した化合物を基盤とし、“二段階で止める”独自メカニズムを実現した新たな抗HIV薬が、製造販売承認を取得、発売しました。
抗HIV薬とは
HIVウイルスは、人の細胞の中で、自分の設計図(RNA)をDNAに作り変え、そのDNAをもとにコピーが作られることで増殖していきます。従来の抗HIV薬は、このRNAからDNAへの作り変えの過程において、DNAに取り込まれることでDNAの伸長をその場で止める仕組みを有しております。しかし、ウイルス側の変化(変異)などにより、一部のウイルスには薬が取り込まれず、その作用をすり抜け、伸長が完全には止まらない場合があります。その結果、ウイルスが増殖し、十分な治療効果が得られない症例が課題となっておりました。
何が新しいのか
本薬は、大類教授が従来の抗HIV薬の課題を克服することを目的として設計した、独自の分子構造を有する化合物に基づくものです。
今回新たに承認された本薬は、1.DNAの伸長に関わる酵素に結合し、その前進(移動)を阻害することで、DNAの伸長が進まないようにします。2.それでもなお伸長の過程が進んだ場合には、その少し先で止める、という「二段階で止める仕組み」を有しています。この仕組みにより、1.によって強く抑制し、さらに2.によって停止させることで、“すり抜け”を防ぎ、ウイルスの増殖をより確実に抑制することが期待されます。また、複数の作用点を有することから、変異したウイルスが生じにくい(薬が効かないウイルスが生まれにくい)点も大きな特徴です。
“二段階で止める”独自メカニズム
本薬の作用メカニズムは、専門的には、逆転写酵素の移動(トランスロケーション)※1)を阻害するとともに、遅延型のチェインターミネーション ※2)を誘導することで、HIVの複製を抑制すると説明されます。
この過程は以下の図のとおりです。
新しい治療薬の意義
従来とは異なる作用機序を有する本薬は、より確実なウイルス増殖抑制が期待される新しい治療選択肢です。また、生体内での安定性が高い分子構造を有することから、持続的な効果が期待され、服用回数や投与量の低減につながる可能性があり、副作用の軽減にも寄与することが期待されております。
大学発の基礎研究において、大類教授が独自の発想に基づき分子設計を行った成果が、長年の研究開発を経て実際の医薬品として社会に実装された点においても、大きな意義を有する成果であると考えられます。
論文情報
・Hiroshi OHRUI, Development of modified nucleosides that have supremely high anti-HIV activity and low toxicity and prevent the emergence of resistant HIV mutants.
Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 87(3):53-65 (2011).
・Toshiaki WAGA, Hiroshi OHRUI and Hiroshi MEGURO. Synthesis and Biological Evaluation of 4‘-C-Methyl Nucleosides. Nucleosides and Nucleotides 15(1-3):287-304 (1996).
 
【用語解説】
※1 逆転写酵素の移動(トランスロケーション)
HIVがDNAを作る際、逆転写酵素という酵素は、材料を1つ取り込むごとに少しずつ前に進みながらコピーを進めていきます。この「一歩ずつ前に進む動き」をトランスロケーションと呼びます。本薬は、この動きを妨げることで、DNAのコピーが進まないようにします。
※2 遅延型のチェインターミネーション
通常の薬は、DNAに取り込まれた瞬間にコピーを止めますが、本薬はすぐには止めず、少し進んだ後でコピーを止める特徴があります。このように「少し進んでから止まる」仕組みを、遅延型のチェインターミネーションと呼びます。これにより、一度すり抜けた場合でも、後から確実に止めることが可能になります。
 
参考URL
横浜薬科大学ホームページ 本件に関するお知らせ
https://www.hamayaku.ac.jp/news/2026/03/-hiv.html
厚生労働省 エイズ動向委員会 年報
https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T260306I0030.pdf
 
■大類 洋(おおるい ひろし)特別栄誉教授 
横浜薬科大学 特別栄誉教授・理事。生物有機化学・分析化学を専門とし、生体内で機能する分子の設計・合成研究において世界的な業績を有する。
1942年東京都生まれ。東京大学農学部農芸化学科卒業後、理化学研究所を経て東北大学教授、同大学院生命科学研究科教授を歴任。2005年に東北大学名誉教授、2006年より横浜薬科大学教授、2021年より特別栄誉教授、2025年より理事。
日本学士院賞(2010年)をはじめ、日本農学賞・読売農学賞、日本分析化学会学会賞などを受賞。2015年瑞宝中綬章受章。
 
■横浜薬科大学(都築学園グループ/学校法人 都築第一学園)
理事長:都築 仁子/学長:都築 明寿香
都築学園グループは、「個性の伸展による人生練磨」を建学の精神とし、1956年に創立されました。2006年、横浜ドリームランド跡地に開学した横浜薬科大学は、薬剤師養成のための6年制3学科(健康薬学科・漢方薬学科・臨床薬学科)と、研究者・技術者・教員を養成する4年制学科(薬科学科)からなる4学科体制をとっています。本学では、高度で豊かな知識を有するとともに、人の苦しみを理解し、共感し、慈しむ「惻隠の心」を持つ医療人の育成に取り組んでいます。