【新商品・えびぽんせん誕生】昭和35年創業。伝統の「砂糖不使用」を守り抜く25歳の決断。新設備導入後の取り組みとして、フラワーアートや地域特産品との共創を全国へ

兵庫県朝来市で昭和35年、初代・高橋保清が「誰もが食べられる健康なお菓子を」と、砂糖不使用の製法で伝統菓子『ぽんせん』を作り始めたマルサ製菓。初代は独学で製造機の半自動化にも成功し、職人の技と効率化を両立させた基盤を築き上げました。 その志を継いだ2代目の父・佐賀正明も、長年にわたりその伝統の味と機械を守り続け、 1990年代には月間40万枚を焼き上げる全盛期を築きました。

しかし、近年の同社を襲ったのは過酷な現実でした。2019年末、工場の半分を焼き尽くす火災が発生 。さらに2021年、経営を支えてきた母が脳梗塞で倒れたことを機に、当時大学2年生だった3代目の佐賀建斗(現在25歳)が急遽家業に入ります。

そこで目にしたのは、毎月100万円規模の赤字が続く衝撃的な実態でした。追い打ちをかけるように2024年5月、父と子が二人三脚でメンテナンスを繰り返してきた製造機が致命的な故障を迎え、製造ラインが完全に停止しました。

廃業の二文字が現実味を帯びる中、佐賀を突き動かしたのは「この味を絶やしてはいけない」という強い意志でした。新設備の導入には数千万円の資金が必要でしたが、同社にはその余力はありませんでした。佐賀は資金ショートの危機を乗り越えるため、昔から製品パッケージなどに印刷されていたキャラクターを用いた「おっさんグッズ」を販売して日銭を稼ぎ、さらに半年間、東京へ単身乗り込み、アルバイトを掛け持ちしながら武者修行を敢行。カードローンの限度額まで私財を投じ、文字通り背水の陣で会社の存続を繋ぎ止めました。この期間の孤独な闘いと多くの人々との出会いが今の原動力となっています。

佐賀は、製造に全振りし安く売るといった「昭和的なやり方」に限界を感じ、現代的なPR戦略への転換を決意します。2021年に開始したX(旧Twitter)では、等身大の苦悩と情熱を発信し、2ヶ月で1万人以上のフォロワーを獲得。その発信力を背景に実施したクラウドファンディングでは、300万円を超える支援を達成しました。父から受け継いだ職人技を活かしつつ、属人的だった製造工程を分担・機械化することで持続可能な体制へと刷新。2024年10月、ついに念願の新設備を導入し営業を再開。一度は消えかけた「ぽんせん」の火をふたたび灯しました。

マルサ製菓は今、単なる菓子メーカーではなく、地域や異業種を繋ぐ「ハブ」としての役割を強めています。

SNSでのご縁から繋がった、西宮市のプリザーブドフラワー専門店「マイペリドット」との共創が実現。アニマルモチーフのフラワーBOXと、体に優しい「ぽんせん」をセットにしたギフトを展開しています。再始動後の新たな販路として、現代のライフスタイルに寄り添う贈り物の形を提案します。

地元の特産品である岩津ねぎを100%使用した味付けを開発。農家や醤油蔵、メインバンクと一丸となり、朝来市の魅力を全国へ届けています。地域の食文化を守る象徴的なモデルとして、さらなる認知拡大を目指しています。

マルサ製菓と同じ朝来市で大正14年から続く醤油の老舗「こむらさき醸造」の岩津ねぎ入りごまふりかけや、銘茶「朝来みどり」、岩津ねぎラー油などをマルサ製菓のぽんせんと詰め合わせた「朝来市特産品セット」を限定展開しています。地元の老舗同士が手を取り合い、地域経済の活性化に取り組んでいます。

日本の菓子業界はいま、高齢化と後継者不足で素晴らしい技術が次々と消えています。0から1を作るのは大変ですが、祖父が残してくれた1(伝統)を100にするのが僕の役目です。不景気や逆風と言われる時代ですが、若い世代が夢を持って挑戦する姿を見せることで、地域や同世代に希望を届けたいと考えています。

創業時より「砂糖不使用」にこだわり、素材本来の旨味を活かした焼き菓子を製造。現在は「一味」「黒大豆」などの定番に加え、「岩津ねぎ」「エビ」などの多角的な味を展開しています。

母の日コラボセット(ぽんせん・カーネーションフラワーBOXのセット)