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江河愛司は、昭和32年国民的ヒットメイカー・名作曲家古賀政男先生の門をたたき、34年レコードデビュー。翌年制作の「恋のからかさ」が大ヒット。華々しく歌謡舞踊曲路線の先頭を突き進んできた。 昭和51年には絵川流を創設し、絵川美登里(家元)と二人三脚で新舞踊を邁進した。 「人生江戸絵巻」は、日頃親交のある合田道人氏が詞・曲に江戸気質と風情を織り込んだ“米寿”記念曲。「晴れ舞台」は、名舞踊家指導者だった絵川美登里家元へ捧げる歌。 年齢を感じさせない見事な声と艶には驚くばかりである。 |
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| 商品タイトル:人生江戸絵巻 | |||
| 商品番号:COCA-18304 | |||
| 価格 ¥1,500 (税抜価格 ¥1,364) | |||
| 収録内容 | |||
| 1.人生江戸絵巻 作詞・作曲:合田道人、編曲:中島慶久 | |||
| 2.晴れ舞台 作詞:岩佐多歌子、作曲:新倉 武、編曲:中島慶久 | |||
| 3.人生江戸絵巻(オリジナル・カラオケB♭m) | |||
| 4.晴れ舞台(オリジナル・カラオケB♭) | |||
| *振り、メロ譜付き | |||
| 【コメント】「人生江戸絵巻」の作詞作曲・合田道人氏より | |||
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「ぱっと咲いたら散るのも早い
遅咲きならばほんまもん…」は、 まさしく江河さんをイメージしたものだ。 永い芸道をひたすら歩んできた江河さんの真骨頂なのである。 日本の美と情緒を感じさせる「名人・江河愛司」の花が咲く。 古賀政男先生の直弟子で、先生とご一緒に「歌謡舞踊」というジャンルを作られた江河愛司さんが芸道70年を迎える。 米寿、88歳である。何しろお元気。 私の事務所の3階までいつも階段を駈け上ってくる。 その若さの秘訣はどこにあるのか? 声の張りや節回しも昔より年輪を増してすこぶる素晴らしい。 江河さんと記念曲の話になったとき、「ここ何十年もなかったような日本調の曲をつくってほしい」と依頼された。 私も四十数年、曲をかいてきているが、昭和初期の高田浩吉や東海林太郎を感じさせる曲を作ったのは初めてだ。四行詩も初体験だった。 |
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| 【江河愛司(えがわあいじ) 略歴】 | |||
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| 昭和12年:愛媛県伊予三島市生まれ | |||
| 小学校4~5年生頃より 小唄師(家元)田毎てる三師につき、小唄・端唄・三味線を習い始める。 | |||
| 昭和28年:東宝芸能学校第一期生として入学。 | |||
| 東宝ミュージカル第1回「お軽/勘平」に出演、その後に第1回東宝歌舞伎長谷川一夫公演に出演。 | |||
| 昭和29年:日本舞踊を花柳芳次郎師に習う。 | |||
| 昭和30年:杵屋正邦師に入門、邦楽音楽を習う。 | |||
| 長唄名門、杵屋勝東治師に入門。三味線を習い、また小唄「田毎てる政」の名をもらう。 | |||
| 昭和32年 日劇ダンシングチームに入団(第12期生)。 | |||
| 幼い頃からの憧れの歌謡歌手になりたくて作曲家古賀政男先生の門を敲き許される。 | |||
| 昭和34年:初の小唄歌謡歌手としてレコード「きりぎりす」「与三郎」にて日本コロムビアからデビュー。 | |||
| 昭和40年:古賀政男先生監修「歌謡舞踊シリーズ」レコードに多く起用され名作を次々発売。 | |||
| 歌謡舞踊曲の看板スターの舞踊路線を華々しく進んでいく。 | |||
| 昭和46年:日本舞踊家絵川美登里師と結婚。 | |||
| 昭和51年:古賀政男先生推挙により新舞踊・絵川流を創設し絵川美登里(家元)江河愛司(創主)となる。 | |||
| 昭和53年:以後毎年浅草公会堂にて「絵川流舞踊会発表会」を催す。 | |||
| 平成17年:江河愛司芸能活動50周年を記念し「湯島はながたみ」を発売。江河愛司カラオケ音楽学校を始める。 | |||
| 令和2年:初の書き下ろし本「恋のからかさ夫婦舞(めおとまい)」を出版。 | |||
| 令和3年8月: CD「江戸のこころ歌舞(いき)」を発売 | |||
| 令和7年8月27日:CD「人生江戸絵巻」発売 | |||
| 江河愛司コロムビアサイト https://columbia.jp/artist-info/egawaaiji/ | |||
| 人生江戸絵巻配信サイトまとめ https://egawaaiji.lnk.to/jinseiedoemaki | |||
「ぱっと咲いたら散るのも早い 遅咲きならばほんまもん…」は、まさしく江河さんをイメージしたものだ。永い芸道をひたすら歩んできた江河さんの真骨頂なのである。日本の美と情緒を感じさせる「名人・江河愛司」の花が咲く。