令和8年4月13日(月)、熊本大学本部棟1階大会議室にて、熊本大学永青文庫研究センターの稲葉 継陽 教授と八代市立博物館未来の森ミュージアムの林 千寿 学芸員が研究成果について説明する記者発表を実施しました。

・江戸時代のはじめ、カンボジアなどの東南アジアに渡り、貿易を行っていた八代商人の存在を示す一次史料がはじめて発見されました。

・この発見により、八代が戦国期の相良時代(相良氏が八代を支配していた時代)後も国際貿易都市であり続けたことが明らかになりました。

・このたび発見された新史料の内3点を八代市立博物館未来の森ミュージアムの再開館企画展にて特別公開します。

このたび永青文庫研究センターと八代市立博物館未来の森ミュージアムが共同で行った熊本大学所蔵松井家文書調査により、八代が国際貿易都市だったことを示す史料が4点発見されました。

八代は中世より続く港町で、相良氏支配下の戦国時代(16世紀半ば)には、徳渕の津※1から中国に貿易船を派遣していた八代商人がいたことが既存の史料「八代日記」※2により確認されています。つまり、この時点で八代は国際貿易都市であったわけですが、その後の八代の国際的貿易活動を示す史料は確認できず、相良時代後の港町八代の実像は謎に包まれたままでした。

相良家臣的場氏が編纂した年代記。文明16年(1484)から永禄9年(1566)までの出来事が記されています。相良家に伝来し、現在は慶應義塾図書館の所蔵となっています。国指定重要文化財です。

この「八代日記」の弘治2年(1556)3月4日の記述に「徳渕森と申候者渡唐船出候」とあることから、森という八代徳渕の商人が中国に貿易船を派遣したことがわかります。