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台湾・苗栗県にある白沙屯拱天宮-白沙屯媽祖(まそ) |
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台湾・苗栗県にある白沙屯拱天宮を出発する「白沙屯媽祖進香」が、今年も間もなく始まる。 |
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この行事は、いわゆる“祭り”という言葉では収まりきらない。数十万人規模の人々が、神轎と呼ばれる神輿の後を、ただひたすら歩いて追いかける。道は決まっていない。休む時間も決まっていない。あるのは「媽祖の意志に従う」という、極めてシンプルな原則だけだ。 |
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神轎 |
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白沙屯媽祖進香 |
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白沙屯媽祖 |
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拱天宮主委と大岡愛氏 |
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■ 媽祖という存在――理屈を超えた「日常の信仰」 |
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媽祖は海の守護神として台湾全土で信仰されている存在である。もともとは実在した女性・林默娘とされるが、いまや宗教の枠を超え、人々の生活に自然に溶け込んでいる。 |
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台湾では、特別な儀式のときだけでなく、「なんとなく不安なとき」「迷ったとき」に手を合わせる存在として、媽祖は日常の中にある。 |
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■ 日程はあるが、道はない |
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進香は例年、春に実施される。 |
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出発:白沙屯拱天宮 目的地:北港朝天宮 日数:約8~10日間 距離:約300km以上 |
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ただし、ルートは一切事前に決められていない。神轎の動きにすべてが委ねられ、参加者はそれに従うしかない。予定通りに進まないこと自体が、この行事の本質とも言える。 |
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大勢の人が拱天宮白沙屯媽祖進香を参加 |
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白沙屯媽祖の信徒が出資・支援した日本取材車両 |
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白沙屯媽祖の信徒 |
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拱天宮スタッフ一同 |
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■ 「記録者」から「信徒」へ――大岡愛の変化 |
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この進香を、数年にわたり追い続けている人物がいる。株式会社RAINBOW代表の大岡愛氏だ。 |
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台湾と日本、二つの背景を持つ大岡氏にとって、この進香は“外から見る対象”ではなく、どこか自分の内側に引き寄せられるものでもあったという。 |
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大岡氏が最初に白沙屯媽祖進香へ足を運んだのは、「媽祖文化を記録し、海外に伝える」という純粋に仕事としての目的からだった。台湾に根付く宗教文化をコンテンツとして整理し、映像として残す――いわば“外側の視点”からの参加だったという。 |
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しかし、実際に現地で数日間歩き続ける中で、その立ち位置は大きく変わっていく。 |
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「最初は撮る側でした。でも途中から、カメラを回しながら“自分も歩いている一人”になっていた」 |
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昼夜を問わず続く行程、見知らぬ人から差し出される食事、言葉を交わさなくても通じる空気感。そうした積み重ねの中で、「記録する対象」だったはずの媽祖が、次第に自分自身の拠り所になっていったという。 |
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現在では、大岡氏は単なる参加者ではなく、一人の信徒として進香に向き合っている。 |
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さらに特徴的なのは、その継続性にある。単発の取材ではなく、複数年にわたり進香に同行し、映像を蓄積し続けている点だ。 |
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「一回では絶対に全体は見えない。年ごとに流れも違うし、人も違う。だから続けて撮るしかないと思った」 |
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その動機はシンプルだ。 |
『海外の人にも、この空気をそのまま伝えたい』――それに尽きる。 |
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断片的な紹介ではなく、進香の始まりから終わりまで、疲労や沈黙も含めた“現実の姿”をそのまま届けること。それが大岡氏の記録活動の軸になっている。 |
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今年も現地に入り、撮影と巡礼を同時に行う予定であり、昨年の記録映像もあわせて公開される見込みだ。 |
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撮影と巡礼していた大岡愛氏 |
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■ 言葉では伝わらないものを、どう残すか |
白沙屯媽祖進香は、観光イベントとしても、宗教行事としても説明はできる。 ただ、実際にその場を歩くと、それだけでは足りないと感じる場面が多い。 |
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沿道で、見知らぬ人が無言で食事を差し出してくる。 深夜になっても行進は止まらない。 |
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そうした光景を前にすると、理屈で説明しようとすること自体に、どこか無理があると気づかされる。 |
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大岡愛氏は、その「言葉にしきれない部分」にこそ、この進香の本質があると見る。 |
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もともとは記録のために足を運んだが、現在は一人の参加者として歩きながら、撮影を続けている。 しかも単年ではなく、あえて複数年にわたり同じ行程に向き合ってきた。 |
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毎年、流れも空気も微妙に違う。 一度きりの映像では伝わらない――そう感じたことが理由だという。 |
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「説明するより、見てもらったほうが早いんです」 |
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大岡氏の記録は、そうした実感に基づき、海外に向けて発信されている。 |
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