株式会社薫製倶楽部(岡山県都窪郡早島町)は2026年4月8日、自社ウェブサイトに研究解説「天然物に未知の物質があるのは当たり前である——そしてそれは簡単に同定できない——~ そしてそれがかつ毒性を持つなど、奇跡×奇跡でしかありえない ~」を公開した。
 

 

▼対象記事URL

 

https://kunsei.com/archives/674

天然物に未知の物質があるのは当たり前である

——そしてそれは簡単に同定できない——

~ そしてそれがかつ毒性を持つなど、奇跡×奇跡でしかありえない ~

【結論】

 天然発酵食品中の未知成分を、短期間で「同定され」かつ「毒性まで断定された」例は、科学史上存在しない。

 

 

1 天然物には未知物質が含まれる——それは「異常」ではなく「通常」である

 

 天然の発酵食品・醸造物・植物抽出物には、必ずといってよいほど多数の未知物質が含まれる。発酵の過程では菌株・温度・pH・基質の組み合わせによって、毎回異なる微量成分が生成される可能性がある。

 

 これは「製造管理の失敗」ではなく、発酵という生物的プロセスの本質的な特性である。天然物において「未知の物質が検出された」という事実は、それ単独では異常を意味しない。

 

 この点を、身近な例で考えてみたい。

 

 現在、石油化学産業では「ナフサ不足」が話題になることがある。ナフサとは原油を蒸留して得られる留分であり、ひとつの純粋な化合物ではない。ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエンをはじめとする多数の成分が混在しており、ロットや産地によって組成が異なる。それでも社会はナフサを重要な工業原料として利用している。「未知の微量成分が含まれるかもしれない」という理由でナフサの使用を禁じる議論は存在しない。

 

 食品も同様である。醤油・みそ・酒・チーズ・ヨーグルト——いずれも発酵産物であり、その中には分析技術の向上によって初めて特定される微量成分が今でも存在する。天然の発酵食品が微量の未知物質を含むことは、それ自体では安全性問題とはならない。

 

2 本稿の趣旨

 

 調査報告①・②では、小林製薬が未完了の同定作業に基づいてプベルル酸を有識者会議に報告したこと、そして有識者会議がその問題を見抜けなかったことを行政文書に基づいて記録した。

 

 本稿では、より根本的な視点から問いを立てたい。

 

 そもそも、天然由来の食品素材から「ある物質が存在する」と断定することは、科学的にどれほど困難な作業なのか。その困難さを理解せずに行政が断定的判断を下したとすれば、それ自体が問題の本質ではないか——という問いである。

 

 以下では、天然物科学の歴史的事例を参照しながら、天然物の同定に要する時間と手間について整理する。

 

3 天然物の同定は、時間のかかる作業である

 

(1)遠藤章先生とコンパクチン——同定に約2年

 

 スタチン系薬剤の源流となるコンパクチン(ML-236B)は、三共株式会社の遠藤章博士(現・東京農工大学特別栄誉教授)が青カビから発見した化合物である。遠藤先生はHMG-CoA還元酵素阻害作用を持つ物質を1971年頃から探索し、1973年に活性を確認した。しかし、化合物の完全な構造同定と論文発表に至るまでには、その後さらに約2年を要した。

 

 当時の技術水準を考慮しても、天然物の同定が「発見=同定完了」ではなく、長い確認プロセスを経るものであることをこの事例は示している。なお、筆者(森)は1989年のメバロチン(プラバスタチン)発売時の講演会に出席しており、スタチンの薬理学的背景に関する基礎的な知見を有している。

 

(2)ペニシリン——発見から純粋単離・同定まで10年以上

 

 アレクサンダー・フレミングがペニシリウム属カビの抗菌活性を発見したのは1928年である。しかし、活性物質ペニシリンを純粋に単離し、化学構造を確認できたのは1940年代初頭のことであり、完全な構造決定はさらに後のことになる。

 

 カビが産生する活性物質であっても、培地条件・菌株・ロットによって産生量や組成が異なる。何が有効成分で、何が夾雑物かを区別するだけでも、多大な分析的努力を要するのである。

 

(3)アフラトキシン・シトリニン——カビ毒の同定にも多年を要した

 

 「カビ毒」として一般に知られるアフラトキシンは、1960年にイギリスで起きたターキー病事件(アスペルギルス属カビに汚染された落花生飼料による大量死)を契機に研究が本格化した。その化学構造が確定されたのは発見から数年後のことであり、多くの研究機関の協力を要した。

 

 シトリニンもまた、カビが産生するポリケタイド系化合物であり、その発見・構造決定・毒性評価には数十年にわたる研究の積み重ねがある。シトリニンは紅麹菌(Monascus purpureus)も産生しうることが知られているが、産生条件や産生量は菌株・培養条件に大きく依存する。

 

 これらの歴史が示すのは、「天然のカビが産生する物質を特定する」という作業が、いかに時間と専門性を要するものかということである。

 

4 行政判断が前提とすべきであった科学的認識

 

 上記を踏まえると、2024年の紅麹事件における行政対応について、次の問いが生じる。

 

 令和6年3月29日、厚生労働省はプベルル酸を「原因物質」として公表した。しかしその時点では、調査報告①・②が示すとおり、NIHSによる独立した分析は開始されておらず、有識者会議において化合物同定の専門家による議論もなされていなかった。

 

 天然の発酵食品に未知物質が含まれることは科学的に通常の事態である。ある物質が「未知成分として検出された」という事実から「それが健康被害の原因である」と断定するためには、少なくとも以下の作業が必要である。

 

 ・化合物の完全同定(構造決定・異性体の排除を含む)

 ・独立した第三者機関による同定の検証

 ・当該物質と健康被害との因果関係の毒性学的評価

 ・他の候補物質の排除

 

 これらは、天然物科学の歴史が示す基本的なプロセスである。上述の歴史的事例——コンパクチン2年、ペニシリン10年以上、アフラトキシン数年——はいずれも、このプロセスを誠実に踏んだ結果として信頼性ある知識が確立されたことを示している。

 

 本件において、このプロセスが踏まれたか否かは、情報公開請求により入手した行政文書(衛研発第0306002号、大大保8562号等)が明確に示している。

 

5 当社への影響と本稿の立場

 

 当社(株式会社薫製倶楽部)は、225社が公表された企業のひとつである。当社使用ロット(37ロット)はいずれもプベルル酸不検出であったが、企業名が公表されたことにより、複数の取引先との関係に影響が生じた。

 

 本稿は、その被害を感情的に訴えることを目的としない。むしろ、科学的に不可能な前提に基づく行政判断がなされた場合、それが罪のない事業者に対してどのような帰結をもたらすかを、歴史的・科学的な文脈から冷静に記録することを目的としている。

 

 天然物の同定には時間がかかる。それは遠藤先生も、フレミングも、アフラトキシンの研究者も、みな経験したことである。「早急な断定」は、科学の歴史が繰り返し戒めてきたことでもある。

 

6 同定できることと、毒があることは、別の問題である

 

 本稿の締めくくりとして、今回の行政判断が抱える根本的な論理的問題を指摘しておきたい。

 

 「プベルル酸が原因物質である」という結論が成立するためには、二つの独立した命題がともに真でなければならない。

 

 第一に、「紅麹原料中にプベルル酸が存在する(同定できる)」という命題。

 第二に、「そのプベルル酸が、当該健康被害を引き起こすだけの毒性を持つ」という命題。

 

 前節までで述べたとおり、第一の命題——天然物からある物質を同定すること——だけでも、科学的には相当の時間と手続きを要する。ペニシリン、コンパクチン、アフラトキシン、いずれも同定の確立には年単位の作業があった。

 

 しかし今回問題なのは、第二の命題についても同様に、独立した検証が行われていないという点である。ある物質が「存在する(かもしれない)」ことと、「それが毒性を持ち健康被害の原因となる」ことは、まったく別の科学的命題である。

 

 確率論的に表現するならば、今回の行政判断は——

 

奇跡①「完全同定できた(かもしれない)」 × 奇跡②「かつそれが毒性を持つ」

すなわち:断定が成立する確率 = P(完全同定) × P(実効毒性)

両者はともに独立した事象であり、いずれも未検証のまま「確認された事実」として公表された。

 

 という、二重の奇跡が同時に成立することを前提とした判断である。

 

 食品科学・微生物学・農芸化学を学んだ者であれば、これがいかに非現実的な前提であるかは基礎的な知識として理解できる。天然の発酵食品に由来する微量の未知成分のほとんどは、生体にとって無害であるか、摂取量が問題となる水準に達しない。「未知の微量成分が検出された」という事実から「それが健康被害の原因物質である」と断定することは、食品科学・微生物学・農芸化学のいずれの観点からも、科学的常識に反する飛躍である。

 

 今回の行政対応は、この二重の奇跡を、独立した検証なしに「確認された事実」として公表し、225社の企業名を公表したものである。科学を知る者にとって、この判断の軽率さは明らかである。当社はこれからも、行政文書に基づく事実の記録と公表を続けていく。

 

【行政原則との関係】 本来、食品衛生行政は「不確実性が大きい場合ほど、断定を避け、予防的措置にとどめる」ことを原則として発展してきた。その観点からも、今回のように独立した検証なしに特定物質を「原因物質」と断定し、企業名を公表した対応は、食品行政の基本原則に反するものといわざるを得ない。

 

【参考】天然物同定の歴史的事例 一覧

 

対象 同定・解明にかかった時間・経緯
天然物 既知・未知物質が混在。毎回新たな未知物質が検出されることは科学的に当然
コンパクチン(ロバスタチン前駆体) 遠藤章先生が発見後、構造同定の完了まで約2年を要した
ペニシリン フレミングの発見(1928年)から純粋単離・同定まで10年以上を要した
アフラトキシン 1960年のターキー病事件から構造決定まで数年を要した
シトリニン 発見から毒性と構造の完全な解明まで数十年を要した
石油(ナフサ) 蒸留で得られる混合物。未知物質を含むことは製造上の常識

 

【本件に関するお問い合わせ】

 

株式会社薫製倶楽部 代表取締役 森 雅昭(薬剤師)

〒701-0303 岡山県都窪郡早島町前潟611-1 TEL:086-483-0602 E-Mail:sales@kunsei.co.jp

 

【関連プレスリリース】

 

▶ ① 東京科学大学のプベルル酸研究に科学的疑義申立(2026/3/10)

▶ ② 2024年紅麹事件、大阪市保健所が収去していないことを確認(2026/3/12)

▶ ③ プベルル酸の根拠不明 研究解説①(2026/3/13)

▶ ④ プベルル酸の根拠不明 研究解説②(2026/3/16)

▶ ⑤ プベルル酸の根拠不明 研究解説③(2026/3/17)

▶ ⑥ 「プベルル酸」の使用根拠について主要報道機関10社へ疑義照会(2026/3/18)

▶ ⑦ 刑事告発状の提出について(2026/3/19)

▶ ⑧ 動物実験を実施したのは小林製薬だった(前編)(2026/3/19)

▶ ⑨ 小林製薬の動物実験写真が行政発表資料にそのまま使用されていた(2026/3/19)

▶ ⑩ 動物実験を実施したのは小林製薬だった(後編)(2026/3/23)

▶ ⑪ 小林製薬公表資料に基づくPK試験データの整理(2026/3/24)

▶ ⑫ 国立医薬品食品衛生研究所長を刑事告発(2026/3/25)

▶ ⑬ コカ・コーラが示す食薬区分の本質 研究解説⑩(2026/3/27)

▶ ⑭ 厚労省健康・生活衛生局長を刑事告発(2026/3/30)

▶ ⑮ 【決定的証拠】小林製薬の標準品で小林製薬の検体を試験した(2026/3/31)

▶ ⑯ 「収去記録の特定に60日」——存在しないから探せない(2026/4/1)

▶ ⑰ 大阪市保健所は最大の被害者である(2026/4/2)

▶ ⑱ 「収去なき断定」の全体像(2026/4/3)

▶ ⑲ 小林製薬紅麹コレステヘルプa(G970)——医薬品文献を根拠とした機能性表示食品、消費者庁に行政不服審査請求(2026/4/3)

▶ ⑳ 厚生労働省が公文書で「判断放棄」を確認——米国が2001年に解決した問題を日本は25年後も回避(2026/4/3)

▶ ㉑ プベルル酸と誘導された経緯(調査報告①)「不完全同定」での断定報告(2026/4/6)

▶ ㉒ プベルル酸と誘導された経緯(調査報告②)——有識者会議が見逃した理由(2026/4/7)

▶ ㉓ 天然物の同定に時間がかかることは科学の常識である——未知物質の存在を前提としない行政判断の問題点(2026/4/8)