当団体は、4月1日を夢を発信する日にしようとするApril Dreamに賛同しています。
日本をテーマに活動するハワイ在住のコンテンツクリエイターであり、視覚障害(※1)のあるトニー・R・ベガ(Tony R. Vega)は、2023年から3年間、毎年9月から10月にかけてハワイから来日し、東京都中央区から鹿児島県鹿児島市まで徒歩で計1,400kmを縦断、その様子をソーシャルメディアを通じて発信しました。2026年は、本州最北端の大間岬(青森県下北郡大間町)から東京都中央区までタンデム(二人乗り)自転車での走破に挑戦します。
ベガは、無謀ともいえるこれらのチャレンジを発信することを通じて、障害の有無にかかわらず何かにチャレンジしようとする人たちの背中を押したいと考えています。やってみたいこと、興味があることに対して「どうせできない」「自分には無理だ」と諦めてしまっている人に、「視覚障害がある人でも徒歩で日本を旅できたなら、自分にもできるかも」、「やれる方法があるのかも」と思ってもらうこと。そして、視覚障害を持つ人たちには、自らのハンディキャップを乗り越えて何かを成し遂げるための一歩を踏み出せるように、その背中を押すこと。それが、ブラインド・ジャパン・プロジェクト事務局の夢です。
トニー・R・ベガは、18才で遺伝性視神経症により視力の大部分を失いますが、アメリカと日本の両国で語学教師として勤務したり、ハワイで発行された雑誌の編集長を務めたりするなど、視覚に障害を抱えながらも様々な挑戦をしてきました。
視覚障害当事者であるベガが日本を旅する「ブラインド・ジャパン・プロジェクト」の最初の取り組みとして、2023年に単独徒歩での日本縦断プロジェクトを開始し、2023年に「東海道チャレンジ」、2024年に「宮島チャレンジ」、2025年に「九州チャレンジ」を達成しました。3年かけて行った3つのチャレンジの総距離は、約1,400kmとなりました。
ベガの行う徒歩による旅は、1日目の目標地点に到達したら電車やバスといった公共交通機関を使って宿泊地に移動、翌日はまた公共交通機関を使って前日の終了地点に移動し、そこから2日目の目標地点まで歩く、という行程を繰り返して行われました。大まかなルートは事前に決定しますが、視覚障害を持つベガにとっては、注意書きや看板を見つけて情報を得ることは難しく、想定以上に移動に時間がかかることも少なくないため、一日の移動距離は必要に応じて変更されました。
2023年に行った「東海道チャレンジ」ゴールの様子(東京都中央区の日本橋)2024年に行った「宮島チャレンジ」のゴールの様子(広島県廿日市市宮島町の厳島神社)2025年に行った「九州チャレンジ」の様子(鹿児島県鹿児島市の桜島)
2024年に行った「宮島チャレンジ」のゴールの様子(広島県廿日市市宮島町の厳島神社)
ブラインド・ジャパン・プロジェクトの最初の取り組みである単独での徒歩による日本縦断プロジェクトは、2025年の九州チャレンジを以て完結しました。2026年には、ブラインド・ジャパン・プロジェクトの次の取り組みとして、下記の2つを実施予定です。
1.「東北チャレンジ」と題し、本州最北端の大間岬(青森県下北郡)から東京まで、約1,000kmをタンデム自転車で走破するチャレンジを行います。10月中旬から2週間程度の日程を予定しています。
2.ハワイの出雲大社(ハワイ州ホノルル市)から日本の出雲大社(島根県出雲市)を徒歩でつなぐチャレンジを行います。ハワイ出雲大社からホノルル空港までを徒歩で移動し、空路で羽田空港に到着、先に1.の東北チャレンジ実施後、徒歩で出雲大社を目指します。11月上旬から2週間程度の日程を予定しています。(2023年と2024年の2つのチャレンジで歩いた東京から広島までの区間を除く、約200kmを歩く予定です。)
「2003年、突然視力の大部分を失ったとき、私は『自分の人生はこれで終わってしまった』と本気で思いました。しかし、2006年に初めて来日した際に鹿児島を訪ねる機会があり、その時にやはり私は日本が好きだと感じ、日本語をもっと勉強しようと決意しました。少しずつ日本語が話せるようになり、その結果日本への留学や日本で働くことも経験できました。そして2023年から3年間、「東海道チャレンジ」「宮島チャレンジ」「九州チャレンジ」という、視覚に障害のある私にとっては本当に困難な、でも達成感の大きな活動に挑みました。今年はタンデム自転車で「東北縦断」に挑戦します。視力をほとんど失った頃の自分がこれを見たら、きっと「そんなの無理だ」と思うはず。でも、だからこそ――「無理じゃない」と証明したいんです。私は、一連のブラインド・ジャパン・プロジェクトの挑戦と、それを発信することを通じて、1.視覚障害に関する認識の向上に寄与すること、2.視覚障害者が直面する困難とその乗り越え方に関する理解の向上に寄与すること、3.人々が自身に挑戦する気持ちを後押しすること、4.日本について、特に人々のやさしさと広範囲に発展している公共交通網について世界に発信すること、を目指しています。」トニー・R・ベガ
「2003年、突然視力の大部分を失ったとき、私は『自分の人生はこれで終わってしまった』と本気で思いました。しかし、2006年に初めて来日した際に鹿児島を訪ねる機会があり、その時にやはり私は日本が好きだと感じ、日本語をもっと勉強しようと決意しました。少しずつ日本語が話せるようになり、その結果日本への留学や日本で働くことも経験できました。そして2023年から3年間、「東海道チャレンジ」「宮島チャレンジ」「九州チャレンジ」という、視覚に障害のある私にとっては本当に困難な、でも達成感の大きな活動に挑みました。今年はタンデム自転車で「東北縦断」に挑戦します。視力をほとんど失った頃の自分がこれを見たら、きっと「そんなの無理だ」と思うはず。でも、だからこそ――「無理じゃない」と証明したいんです。私は、一連のブラインド・ジャパン・プロジェクトの挑戦と、それを発信することを通じて、1.視覚障害に関する認識の向上に寄与すること、2.視覚障害者が直面する困難とその乗り越え方に関する理解の向上に寄与すること、3.人々が自身に挑戦する気持ちを後押しすること、4.日本について、特に人々のやさしさと広範囲に発展している公共交通網について世界に発信すること、を目指しています。」
「2003年、突然視力の大部分を失ったとき、私は『自分の人生はこれで終わってしまった』と本気で思いました。しかし、2006年に初めて来日した際に鹿児島を訪ねる機会があり、その時にやはり私は日本が好きだと感じ、日本語をもっと勉強しようと決意しました。少しずつ日本語が話せるようになり、その結果日本への留学や日本で働くことも経験できました。そして2023年から3年間、「東海道チャレンジ」「宮島チャレンジ」「九州チャレンジ」という、視覚に障害のある私にとっては本当に困難な、でも達成感の大きな活動に挑みました。
今年はタンデム自転車で「東北縦断」に挑戦します。視力をほとんど失った頃の自分がこれを見たら、きっと「そんなの無理だ」と思うはず。でも、だからこそ――「無理じゃない」と証明したいんです。
私は、一連のブラインド・ジャパン・プロジェクトの挑戦と、それを発信することを通じて、1.視覚障害に関する認識の向上に寄与すること、2.視覚障害者が直面する困難とその乗り越え方に関する理解の向上に寄与すること、3.人々が自身に挑戦する気持ちを後押しすること、4.日本について、特に人々のやさしさと広範囲に発展している公共交通網について世界に発信すること、を目指しています。」
ハワイ在住のコンテンツクリエイターで、日本をテーマにしたメディア事業「JapanKyo(ジャパンキョウ)」の創設者。記事執筆や動画制作、ポッドキャスト制作など幅広く活動している。また、ハワイ視覚障害者協会(Hawaii Association of the Blind)理事の一員。視覚障害者・弱視者の権利向上と啓発活動にも積極的に取り組んでいる。
•幼少期に日本のアニメを見たことで日本のコンテンツと日本語に興味を持つ。•2003年、レーベル遺伝性視神経症(LHON)により、18才で視力の大部分を失い、中心視野を喪失。読み書きや運転など日常生活に不自由が生じるほどの弱視状態となる。•大学在学中に関西外国語大学に1年間留学し、2010~2013年にはJETプログラム参加者として兵庫県神戸市で英語を指導。また神戸市立盲学校での勤務経験も持つ。•帰国後にハワイ大学マノア校大学院に進学、日本語言語学の修士号を取得。•2017~2022年、ハワイで日本文化・語学雑誌 『Wasabi Magazine』 編集長を務める(現在は廃刊)。•現在は、日本語および言語学の修士号と日本のアニメに関する深い知識を生かして「アニメ言語学者」として日本・日本語・アニメをテーマにしたポッドキャストやYouTube動画の制作を行うほか、日テレWandsのXスペースではホスト兼通訳を担当している。
幼少期に日本のアニメを見たことで日本のコンテンツと日本語に興味を持つ。
2003年、レーベル遺伝性視神経症(LHON)により、18才で視力の大部分を失い、中心視野を喪失。読み書きや運転など日常生活に不自由が生じるほどの弱視状態となる。
大学在学中に関西外国語大学に1年間留学し、2010~2013年にはJETプログラム参加者として兵庫県神戸市で英語を指導。また神戸市立盲学校での勤務経験も持つ。
帰国後にハワイ大学マノア校大学院に進学、日本語言語学の修士号を取得。
2017~2022年、ハワイで日本文化・語学雑誌 『Wasabi Magazine』 編集長を務める(現在は廃刊)。
現在は、日本語および言語学の修士号と日本のアニメに関する深い知識を生かして「アニメ言語学者」として日本・日本語・アニメをテーマにしたポッドキャストやYouTube動画の制作を行うほか、日テレWandsのXスペースではホスト兼通訳を担当している。