独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一) の連携大学院生の平野日向(東京農工大学 大学院連合農学研究科)、菊池貴(リガク・ホールディングスのグループ会社である株式会社リガク プロダクト本部 アプリケーションラボ)、榊原風太(アステリズム合同会社 研究開発支援事業部 技術顧問)、村井良徳(植物研究部 研究主幹)らは、微量成分分析法の開発により、植物体が小さく、許認可や倫理的な面からも研究用のサンプルの確保が難しい高山植物において10種以上のフェノール化合物配糖体の構造決定に成功しました。具体的には、イワウメ科高山植物イワウメのわずか2グラムの花から成分を単離して結晶化させ、単結晶X線構造解析(SC-XRD)や電子回折構造解析(MicroED)などの分析手法を適宜利用することにより、各含有成分を構造決定することに成功しました。 高山植物を含む野生植物において、これほど微量のサンプルから多数の成分構造を決定したことは先駆的な研究例になります。これは、植物の化学成分のみならず、理学、農学、薬学など幅広い分野における未活用資源の探索研究に応用できる技術です。本研究成果は、2026年2月22日に、化学分野の国際誌「Journal of Molecular Structure」にオンライン掲載されました。さらに関連技術を用いた研究成果に関しても、生物化学分野の国際誌「Biochemical Systematics and Ecology」および農業産業分野の国内誌「アグリバイオ」に掲載されました。
 
【研究のポイント】
・微量な成分の単離および結晶化の手法を確立。
・これによる結晶化後の成分、単結晶X線構造解析(SC-XRD)や電子回折構造解析(MicroED)など
の分析手法を適宜利用することで、構造解析に成功。
・サンプル量が限られる高山植物のフェノール化合物の構造解析に成功し、イワウメの花に多様なフェノール化合物が含有していることが判明。
・手法の開発の中で、関連研究においては、植物の化学的な適応機構や系統などに関係するような
成分も発見した。
 
1.研究の背景と成果
日本の高山帯・亜高山帯などに分布する高山植物は、高山環境由来の紫外線や低温などの厳しい環境ストレスに対応するために、フェノール化合物と呼ばれる化学成分を合成・蓄積することにより、環境適応を行っていることが知られています。またこれらのフェノール化合物の多くは、天然物資源ともなりうる成分であることも分かっており、低地と比べて知見が限られる高山植物では、特に研究が期待されています。 その一方で、高山植物は厳しい環境で生育するため植物体が小さく、さらに分布も高標高地域に限られるため希少な存在でもあります。学術研究であっても法令の許認可や倫理的な観点などから、採集に伴う人為的な攪乱を最小限にとどめる必要があるため、前述の成分の構造解析に利用できるサンプル量には限りがあります。 本研究チームでは、これまでにも微量なサンプルからの成分分析方法の開発を進めてきましたが、今回は高山植物のイワウメのごくわずかな花を研究サンプルとして、既存の分析手法である高速液体クロマトグラフ(HPLC)などによる単離・精製や四重極飛行時間型質量分析計(QTOF-MS)による分子量測定の工程後に、各含有成分の結晶化を最適化する方法を開発して、 さらに従来の1/100程度のサイズの結晶から構造決定が可能な単結晶X線構造解析(SC-XRD)や電子回折構造解析(MicroED)などの分析手法を利用することにより、ごく微量なサンプルから、微量な成分の構造解析に成功しました。本研究により、厳しい高山環境に生育するイワウメの花には、健康効果をもたらす機能性成分として近年注目されているケルセチンの配糖体などのフラボノイドをはじめ多様なフェノール化合物が含有されていることが明らかになりました。
また前述の技術開発の過程で、イワウメの葉からも多数の成分を単離して構造解析に成功し、紫外線防御や抗酸化に寄与する成分を見出し、さらにその成分の一部の蓄積には、日本列島の本州中部から北海道で地理的な差異があることなども発見した成果が「Biochemical Systematics and Ecology」に掲載されました。今回は、この研究をさらに改良したものになります。なお、農業産業分野の国内誌「アグリバイオ」の記事でも、本研究のポイントなどをまとめて紹介しています。
 
図1 イワウメの開花の様子 高山帯の岩場で梅に似た花を付ける。日本では本州中部から北海道にまで分布。
図2 本研究における主な分析の流れ
 
2.注釈
高速液体クロマトグラフ(HPLC): 液体中の成分を移動相(溶媒)と固定相(カラム)との相互
作用の差を利用して、高性能に分離・検出できる装置。図2の分取HPLCシステムは、各成分
を分取(分離)するためのHPLC。
四重極飛行時間型質量分析計(QTOF-MS): 四重極と飛行時間型という異なる質量分析技術を組み合わせた、高い質量精度・分解能・感度を兼ね備えた質量分析計。図2のLC-QTOF-MSは、HPLCとQTOF-MSを接続したもの。
単結晶X線構造解析(SC-XRD): 試料の結晶にX線ビームを照射し、得られた回折X線のパターンからサンプル分子の立体的な構造を直接決定する手法。
電子回折構造解析(MicroED): SC-XRDにおけるX線の代わりに電子線を用いることで、より小さなサブマイクロメートルサイズの結晶からサンプル分子の構造決定を可能にする手法。
 
3.今後の展望
本研究における分析手法の開発には、高山植物のなかでも比較的広域に分布するイワウメを利用しましたが、この手法を用いて現在、日本固有種や絶滅危惧種などのより希少な植物の分析も進めています。これまでに分析が難しかった植物の微量成分が明らかになることや、有用資源物質の探索などにも活用が期待されます。さらにこの技術は、理学、農学、薬学など幅広い分野に応用でき基礎および応用研究の基盤情報を得るために重要な技術となることが期待されます。
 
4.発表論文
表題:Sustainable micro-scale identification of phenolic glycosides in alpine flower through single-crystal structure analysis
著者:Hyuga Hirano, Takashi Kikuchi, Futa Sakakibara, Yoshinori Murai
掲載雑誌:Journal of Molecular Structure, 145740 (2026年2月22日オンライン
公開、2026年7月掲載予定)
 
【関連論文】
表題:Phenolic compound diversity reflecting phylogeographic structure of Diapensia lapponica subsp. obovata (Diapensiaceae) populations in Japan
著者:Hyuga Hirano, Toshiyo Kato, Keiichi Noguchi, Hisahiro Kai, Takuro Ito, Takashi Kikuchi, Futa Sakakibara, Yoshinori Murai
掲載雑誌:Biochemical Systematics and Ecology, 125: 105168 (2025年11月20日オンライン公開、2026年4月掲載予定)
 
【関連記事】
表題:高山植物における微量フェノール配糖体の構造解析
著者:平野日向, 菊池貴, 榊原風太, 村井良徳
掲載雑誌:アグリバイオ, 10(3): 53-56 (2026年3月号掲載)
本研究は、JSPS科研費(JP23K05503)や特別研究員奨励費(JP24KJ1011)、国立科学博物館の総合研究「極限環境の科学」などの研究の一環として実施されました。