― 全国116万件以上のレジストリーデータで検証 ―
順天堂大学医学部循環器内科学講座の相川忠夫 助教、末永祐哉 准教授、南野徹 教授と日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)(*1)の研究グループは、冠動脈石灰化病変(*2)の治療に用いられる特殊なデバイス「ローターブレーター」(*3)の使用施設基準改定がPCI(*4)全体の院内死亡率や合併症発生率に与えた影響を明らかにしました。ローターブレーターは2020年に国内での使用施設基準が緩和されました。これにより、それまで基準外とされていた年間PCI症例数が200件未満で心臓外科医が常駐しない施設であっても、デバイストレーニングを受けた専門医の下でローターブレーターを使用できるようになりました。
本研究では、学会主導のレジストリー研究に登録された全国116万件以上のデータを用いて準実験的手法(差分の差分分析(*5))で評価した結果、拡大された施設基準改定によるPCI全体の院内死亡率や合併症発生率への悪影響は確認できませんでした。
本研究成果は、適切な実施体制の下であれば冠動脈石灰化病変に対する治療アクセスを安全に拡大できる可能性を示すものであり、今後の医療政策やデバイス施設基準の見直しにも役立つことが期待されます。本研究成果は米国心臓病学会誌『JACC: Advances』のオンライン版に2026年3月13日付で掲載されました。
 
本研究成果のポイント
  全国116万件以上のPCIレジストリーデータを用いて、冠動脈石灰化病変を治療する特殊なデバイス「ローターブレーター」の使用施設基準改定の影響を検証した
  低ボリューム施設でもローターブレーターを使用できるように施設基準を緩和しても、PCI全体の院内死亡率や合併症発生率に悪影響は認められなかった
  冠動脈石灰化病変に対する治療アクセスを安全に拡大できる可能性を示し、地域格差の是正や今後の医療政策の検討に資するエビデンスを提示した
 
背景
冠動脈石灰化は、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の際に風船やステント(*6)冠動脈内で十分に広がらない原因となり、治療後の再狭窄や心血管イベントのリスクを高めることが知られています。石灰化を削る特殊デバイスであるローターブレーターは冠動脈石灰化病変に有効な治療法ですが、高度な技術と血管損傷(*7)やデバイスが病変にはまり込む合併症(スタック)(*8)などへの対応が必要なため、これまで心臓外科のバックアップを有するハイボリューム施設(CVIT研修施設)(*9)における使用のみ認められていました。
2020年に使用施設基準が緩和され、年間PCI症例数が200件未満で心臓外科医が常駐しない施設(低ボリューム施設)においても、デバイストレーニングを受けた専門医の下であればローターブレーターを使用できるようになりました。しかし、新たにローターブレーターを開始した施設で院内死亡率や合併症発生率が増加しないかなど、安全性への懸念が残っていました。本研究は、この使用施設基準改定が国内におけるPCI全体の院内死亡率や合併症発生率に与えた影響を全国規模データで検証することを目的としました。
 
内容
本研究では、日本国内で行われたPCIの90%以上が登録されているJ-PCIレジストリー(*10)を用い、2019年~2023年に日本国内でPCIを受けた18歳~99歳の患者さんを対象に解析を行いました。臨床情報や転帰に関するデータが欠損している症例を除外した結果、全国1,243施設で実施された116万件以上のPCIが解析対象となりました。これらのデータを用いて、2020年のローターブレーター使用施設基準改定の影響を、準実験的手法である差分の差分分析により評価しました。
施設基準改定が行われた結果、PCIにおけるローターブレーター使用率は2019年の4.2%から2023年には5.2%へ増加しました。一方、低ボリューム施設におけるローターブレーター使用は2023年でも2.7%にとどまりました。院内死亡率は、ハイボリューム施設、低ボリューム施設のいずれにおいても経年的にわずかに増加しましたが、両群間の変化に有意差は認められませんでした。
また、ローターブレーター施行例に限った探索的解析では、ハイボリューム施設の方が院内死亡率は低く、経験豊富な医療チームによる治療体制の重要性が示唆されました。以上の結果は、ローターブレーター使用施設基準の改定がPCI全体の短期安全性を損なわなかったことを示しています。
 
今後の展開
本研究は、適切なトレーニング体制の下であれば高度なデバイス治療の実施施設を拡大できる可能性を示しました。今後、低ボリューム施設におけるローターブレーターを用いた冠動脈石灰化病変治療の教育体制の強化や合併症対応プロトコールの整備が重要です。また、施設基準改定後にローターブレーターを導入したのは低ボリューム施設全体の約3分の1にとどまっており、さらなる導入拡大には導入障壁の解明と地域医療連携の最適化が課題となります。本研究成果は、他の高難度デバイスの施設基準見直しや地域における高度循環器治療へのアクセス向上、医療資源配置の最適化などの医療政策の検討にも応用可能であり、今後の医療政策への貢献が期待されます。
図1:本研究の結果のまとめ
国内でのローターブレーター使用の施設基準が2020年に緩和されて使用可能施設が拡大した。施設基準改定前後の院内死亡率の推移に関して差分の差分分析で評価するも両施設群で有意差は認められませんでした。
 
用語解説
*1 『日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)』: 心血管疾患患者に有効で安全なカテーテル治療の開発と発展、および臨床研究の推進とその成果の普及することで心血管疾患の予後改善を目指す学術団体。
*2 『冠動脈石灰化病変』: 心臓の筋肉に酸素や栄養を供給する非常に重要な血管である冠動脈の動脈硬化が進行して壁にカルシウムが沈着し、血管が硬くなった状態。PCIで使用する風船やステントが十分に広がらず、治療成績が悪化する原因となる。
*3 『ローターブレーター』: 先端に人工ダイヤモンド粒子を付けた高速回転装置で、石灰化を削って血管を拡げやすくする特殊な治療デバイス。高度な技術と合併症対応が必要とされる。
*4 『PCI(経皮的冠動脈インターベンション)』: 手首や足の血管からカテーテルを挿入し、動脈硬化で狭くなった冠動脈を風船やステントで広げる治療法で、心筋梗塞や狭心症に対して広く行われている。
*5 『差分の差分分析』: 特定の政策や介入の効果を評価するための統計手法。介入群(本研究の場合はローターブレーター使用の施設基準改定の影響を受けた低ボリューム施設)での政策導入の前後の差(差分1.)から、コントロール群(施設基準改定の影響を受けなかったハイボリューム施設)での政策導入の前後の差(差分2.)を差し引くことで(差分1.-差分2.)、政策が導入されなかった場合に自然経過でみられるアウトカムのトレンドの影響を取り除いた政策の効果・影響を推定することができる。
*6 『ステント』: 狭心症や心筋梗塞で狭くなった冠動脈にカテーテルで持ち込み、冠動脈を内側から広げて血流を確保する網目状の金属の筒。現在は、薬剤で再狭窄を防ぐ「薬剤溶出性ステント(DES)」が主流です。
*7 『血管損傷』: 高速回転するローターブレーターの先端部分が血管壁を傷つけて、穴が開いたり裂けたりすること。1%~2%の頻度で発生し、緊急手術が必要になる可能性がある。
*8 『スタック』: 高速回転するローターブレーターの先端部分が石灰化病変に挟まり、抜けなくなる現象。0.4%~0.8%の頻度で発生し、緊急手術が必要になる可能性がある。
*9 『ハイボリューム施設』: カテーテル治療の専門医と心臓外科の常勤医が在籍し、年間PCI症例数が多く、高度な治療体制を有する医療機関で、本研究では年間PCI件数が200件以上のCVIT認定研修施設を指す。
*10 『J-PCIレジストリー』: CVITが運営する全国規模のPCI登録データベースで、国内のPCIの90%以上を網羅している。
 
研究者のコメント
ローターブレーターは冠動脈石灰化病変の治療に不可欠なデバイスです。しかし、これまで使用できる施設が限られていたため、患者さんの治療機会に地域差が生じる可能性がありました。本研究では全国規模のデータを用いて、施設基準の緩和後もPCI全体の安全性に影響がないことを明らかにしました。この結果は、適切なトレーニング体制があれば高度なデバイス治療を安全に提供できる可能性を示しています。本研究成果は、他の高難度デバイスの施設基準見直しや制度改定の効果検証にも応用可能できると考えています。私たちは今後も、地域間格差のない高度な循環器医療の実現につながる研究を続けていきます。
 
原著論文
研究はJACC: Advances誌のオンライン版に2026年3月13日付で公開されました。
タイトル: Impact of Facility Criteria Revision for Rotational Atherectomy on Outcomes After PCI A Quasi-Experimental Difference-in-Differences Study
タイトル(日本語訳): 回転式アテレクトミーの施設基準改定がPCI後の転帰に及ぼす影響―差分の差分分析による準実験的研究―
著者:Tadao Aikawa, Yuichiro Mori, Toshiki Kuno, Yoshihisa Miyamoto, Yuya Matsue, Shun Kohsaka, MD, Kyohei Yamaji, Ken Kozuma, Tohru Minamino
著者(日本語表記): 相川 忠夫1)、森 雄一郎2)、工野 俊樹3)、宮本 佳尚4)、末永 祐哉1)、香坂 俊5,6)、山地 杏平7)、上妻 謙8)、南野 徹1)
著者所属: 1) 順天堂大学医学部循環器内科学講座、2) 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻、3) ハーバード医科大学院ベス・イスラエル・ディコーネス・メディカルセンター循環器内科、4) 東京大学大学院医学系研究科 リアルワールドエビデンス講座、5) 慶應義塾大学医学部循環器内科、6) 横浜市立大学学術院医学群データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻、7) 京都大学医学部循環器内科、8) 帝京大学医学部内科学講座循環器内科
DOI: 10.1016/j.jacadv.2026.102672    
  
本研究は公益財団法人テルモ生命科学振興財団の支援を受けて実施されました。日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)のJ-PCIレジストリーにご協力いただいている皆様に心より感謝申し上げます。