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順天堂大学大学院医学研究科 解剖学・生体構造科学の甘利貴志 研究員(共同筆頭著者)、宮木貴之 助教(共同筆頭著者)、市村浩一郎 主任教授(責任著者)らの研究グループは細胞の連続断面画像を電子顕微鏡により取得するイメージング技術(アレイトモグラフィー(AT)法*¹)を用いて、腎臓(糸球体*²)での尿生成に必須であり、長寿命細胞としても知られるポドサイト*³が加齢に伴いユニークな構造変化を来すことを発見しました。本研究の成果から、長寿命であるポドサイトが老化に抗い生き抜き、濾過機能を維持する細胞メカニズムの一端が解明されました。また、ポドサイトのような複雑な構造をもつ細胞の解析にAT法が強力なツールとなることも実証されました。 |
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本研究の成果はJournal of the American Society of Nephrology誌に2025年12月17日付で公開されました。 |
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本研究成果のポイント |
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● 腎臓での尿生成に必須の細胞「ポドサイト」が、加齢に伴いどのように変化し、機能を維持しているかを世界で初めて詳細に解明 |
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● 先端的な電子顕微鏡技術(アレイトモグラフィー(AT)法)により、ポドサイトを「丸ごと」立体的に観察し、老化に伴う構造変化をカタログ化 |
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● ポドサイトは、独自の戦略(細胞の肥大化、自己細胞間結合の形成、不要物の細胞外放出)により、老化に対抗していることが判明 |
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背 景 |
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腎臓は血液を濾過して尿を産生する生命維持に欠かせない臓器です。この濾過機能を担うのが「糸球体」であり、その表面で濾過フィルターを形成するのが「ポドサイト」という特殊な細胞です。成熟したポドサイトは分裂することができないため、胎児期に作られたポドサイトを生涯にわたって使い続けなければなりません。加齢によりポドサイトの数は徐々に減少しますが、失われたポドサイトは新たに補充されることはありません。この状態が続くと糸球体機能が低下し、最終的には腎不全に至ります。それにもかかわらず、多くの人は高齢になっても一定の腎機能を維持しています。つまり、残存したポドサイトは細胞数が減少しても糸球体機能を維持できるように適応しているはずですが、その実態は長らく不明でした。 |
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内 容 |
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本研究では、最先端の電子顕微鏡イメージング技術である「アレイトモグラフィー(AT)法」を用いて、この謎の解明に挑みました。AT法は数千枚の連続切片を走査電子顕微鏡で撮影し、組織や細胞の連続断面画像を取得する方法です。研究グループはこの技術を糸球体「丸ごと」を解析できるよう最適化し、複雑な立体構造を持つポドサイトの全体像を観察可能にしました(参考文献1、2)。 |
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若齢(1.5ヶ月齢)、成熟齢(6ヶ月齢)、老齢(24ヶ月齢)のラットにおいて、ポドサイトを丸ごと3D再構築して詳細に解析し、老化によって生じる多様な構造変化を体系的に分類・カタログ化しました。その中でも、特に以下の3つの構造変化が老化ポドサイトの生存に重要な役割をもつと考えられます。 |
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1)細胞の劇的な肥大化による代償機能(図1) |
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ポドサイトの脱落により糸球体上のポドサイト密度が減少すると、残存したポドサイトは約4.6倍に肥大化し、失われた細胞の機能を補っていることが判明しました。 |
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2)ポドサイト脱落部の修復(図2) |
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老化にともない、ポドサイトの一部が断片化して脱落することが判明しました。脱落部は周囲のポドサイトがその部分をカバーすることで修復されます。この際、通常では形成されない「自己細胞間結合」が高頻度に形成されることを発見しました。この自己細胞間結合は正常な糸球体では全く観察されず、老化糸球体における損傷修復の「痕跡」と考えられます。 |
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3)独自の細胞内浄化システム(図3) |
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一般的に老化した細胞では細胞内不要物の分解処理機能(オートファジー*4 など)が低下しますが、ポドサイトは不良オルガネラ*⁵ や細胞膜成分などの不要物を分解処理せず、細胞外に放出することで、分解処理機構の機能低下を代償していることが判明しました。 |
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研究の意義と今後の展開 |
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本研究により、ポドサイトが長寿命細胞として老化に抗い、生き抜き、濾過機能を維持するための巧妙な細胞メカニズムの一端が世界で初めて明らかになりました。これらの成果は、腎臓老化の抑制法を開発するうえでの基盤的知見となるものです。 |
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今後は、本学医学部附属病院で収集した膨大な腎組織ライブラリを活用し、ヒトのポドサイト老化の全容解明を進めていきます。予備的検討から、ヒトの老化ポドサイトでは、ラットよりもさらに多様な構造変化が生じていることが分かってきており、これはヒトの長い寿命と関係していると考えられます。また、AT法は、通常の糸球体病理標本の診断では見逃されがちな低密度病変や限局性病変の解析も可能となるため、腎臓病の病態解明にも貢献できると期待されます。 |
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図1: ポドサイト「丸ごと」の3D再構築像 |
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AT法によって得られた糸球体の連続断面像をもとにポドサイト1つを丸ごと3D再構築した。3D再構築像は体積も測定でき、ポドサイトは老化によって約4.6倍肥大することがわかった。 |
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図2: 老齢ポドサイトにおける自己細胞間結合の形成 |
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正常なポドサイトでは隣接する細胞同士の足突起が噛み合い、2細胞間結合を形成する。一方で、老齢ポドサイトでは、同一細胞で足突起が噛み合う自己細胞間結合が観察された。消失した突起の領域を臨機応変に覆い直した痕跡だと考えられる。 |
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図3: 老齢ポドサイトにおけるアドバルーン状突出 |
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老齢ポドサイトではポドサイトから伸び、先端に細胞内容物を含む膨らみをもつ構造(アドバルーン状突出:ABLP)が観察された。ABLPの先端から細胞内容物を放出する様子もみられた。 |
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用語解説 |
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*1 アレイトモグラフィー(AT)法: 数千枚の連続切片を走査電子顕微鏡で撮影し、細胞の断面構造や3D構造を解析する先端的なイメージング技術。数百μm角の比較的大きなボリュームを高解像度で観察できる。 |
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*2 糸球体: 腎臓の基本単位であるネフロンの一部で、血液を濾過して原尿を作る組織 |
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*3 ポドサイト: 糸球体表面を覆い、濾過フィルターを形成する特殊な細胞。複雑な足突起構造を持ち成熟後は分裂しない長寿命細胞である。 |
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*4 オートファジー: 細胞が自身の成分を分解し、再利用するシステム。細胞の品質管理に重要な役割を果たす。 |
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*5 オルガネラ(細胞内小器官): 細胞内で特定の機能を担う構造体の総称。ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などが含まれる。酸化ストレスなどの負荷により機能不全に陥ったものは不良オルガネラと呼ばれ、様々な疾患の発症に関連する。 |
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参考文献 |
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1. Miyaki T, et al. Ultrastructural analysis of whole glomeruli using array tomography. J Cell Sci. 2024;137(20) doi:10.1242/jcs.262154 |
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2. Miyaki T, et al. Primary cilium disappearance in podocytes during vertebrate phylogeny revealed by array tomography. Cell Tissue Res. 2025;402(1):51-63. doi:10.1007/s00441-025-04002-z |
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研究者のコメント |
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私たちの研究グループは、独自に開発したAT法のワークフローとダイヤモンドナイフデバイスにより、ポドサイトや糸球体の微細構造を世界最高水準で解析することに成功しました。この技術により、従来の顕微鏡では捉えることのできなかった細胞の3D構造の詳細が明らかになりつつあります。現在、この技術を活用し、ポドサイト以外にも神経細胞や免疫細胞など、複雑な構造を持つさまざまな細胞の解析を進めております。ご興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。 |
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(宮木貴之 助教、市村浩一郎 主任教授) |
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原著論文
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本研究はJournal of the American Society of Nephrology 誌に2025年12月17日付で公開されました。 |
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タイトル: Structural Plasticity of Aged Podocytes Revealed by Volume Electron Microscopy |
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タイトル(日本語訳): 老化ポドサイトの構造可塑性:ボリューム電子顕微鏡法による解明 |
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著者: Takashi Amari*, Takayuki Miyaki*(*These authors contributed equally to this work), Mami Kishi, Jingyuan Xu, Makoto Sugiura, Hisako Kaneda, Yuta Sakai, Rhianna Imura, Yuri Takeuchi, Juan Alejandro Oliva Trejo, Yuto Kawasaki, Takuya Omotehara, Takako Negishi-Koga, Muneaki Ishijima, Junji Yamaguchi, Soichiro Kakuta, Koichiro Ichimura |
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著者(日本語): 甘利貴志1*、宮木貴之1*(*共同筆頭著者)、岸真美1、許競元1、杉浦真琴1、金田寿子1、坂井裕太1、 井村璃杏奈1,2、武内友里1,2、オリバトレホ ファンアレハンドロ 1、川崎優人1、表原拓也1、根岸(古賀)貴子3,4、石島旨章3,4、山口隼司5、角田宗一郎5、市村浩一郎1,5 |
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著者所属: 1) 順天堂大学大学院医学研究 解剖学・生体構造科学、2) 広尾学園高校 医進・サイエンスコース、3)順天堂大学大学院医学研究科 整形外科・運動器医学、4) 順天堂大学大学院医学研究科 骨関節疾患地域医療・研究講座、5) 順天堂大学大学院医学研究科 研究基盤センター 形態解析イメージング研究室 |
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DOI: 10.1681/ASN.0000000979
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本研究はJSPS科研費JP22J12056, JP23K14433, JP22K08363, JP17K08521, JP22K06799および私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(順天堂大学S1311011)の支援を受けて実施されました。 |
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