【リリース概要】
明治大学新屋 良治准教授(農学部)、帯広畜産大学浴野 泰甫助教(グローバルアグロメディシン研究センター)らのグループは、透過型電子顕微鏡による観察を通して、植物寄生性線虫の感覚ニューロンの3次元像の再構成に成功しました。古くから、植物寄生性線虫は、他の線虫類(細菌食性線虫など)にはみられない感覚ニューロンを持っていることが知られていました。本研究では、この感覚ニューロンを詳細な形態情報と併せて五型ニューロン(Type V neurons)と命名しました。さらに、五型ニューロンが、線虫が餌を摂食する際に用いる「口針」という構造物と共に進化してきたことを示しました。今後は五型ニューロンが受容する環境刺激やその受容体を特定していくことで、植物寄生性線虫の行動撹乱や、受容体拮抗薬による新規殺線虫剤の開発に繋がっていくことが期待されます。
 
【解説】
 線虫類は地球上で最も繁栄している分類群のひとつで、細菌食性、菌食性、植物寄生性、昆虫寄生性、および捕食性など、さまざまな食性を持つ種が存在します。そのうち植物寄生性線虫は、樹木や作物に甚大な被害を及ぼしており、重要害虫として位置付けられています。これまでの線虫の神経科学研究から、植物寄生性線虫には他の線虫種にはみられない特殊な感覚ニューロンが存在することが知られていました。この感覚ニューロンは植物への寄生戦略において重要な役割を果たすと考えられてきましたが、具体的な役割はわかっていませんでした。
 本研究では、植物寄生性線虫にユニークな感覚ニューロンの機能に迫るべく、その詳細な形態情報の取得とその進化的起源の特定を目指しました。植物寄生性線虫の1種であるマツノザイセンチュウの頭部において、50 nm (0.000050 mm) の切片を連続で200枚以上取得しました (図1)。それらをすべて透過型電子顕微鏡で観察し、感覚ニューロンの構造を3次元で再構成しました。われわれが五型ニューロンと名付けた、植物寄生性線虫にユニークな感覚ニューロンは、先端が複雑に分岐し、頭部の表層直下まで伸展していることが3次元像から観察できました (図2)。これらの形態的特徴は、五型ニューロンが触覚として機能していることを示唆しています。さらに、マツノザイセンチュウの系統的位置から、五型ニューロンが、餌を摂食する際に用いる「口針」という構造物と共に進化してきたことを示しました。以上のことから、五型ニューロンは、線虫が口針を使って餌を摂食する際に触覚として機能していることが考えられます。
 今後、五型ニューロンの機能解析や遺伝子発現解析を通じて、五型ニューロンが受容する環境刺激やその受容体を特定することで、植物寄生性線虫の行動撹乱や、受容体拮抗薬による新規防除法の開発が期待されます。五型ニューロンは、口針をもつ植物寄生性線虫が独自に進化させてきた感覚ニューロンであるので、より選択性の高い防除法の開発が期待できます。
 
図1. 植物寄生性線虫の頭部感覚器構造の模試図。先端(繊毛付近)で200枚の連続切片を作製し、その像から感覚ニューロンの3次元像を作製した。
図2. 五型ニューロンの三次元像を横から見た図(左)と真上から見た図(右)。青色で示されているのが五型ニューロン。白色で示されているのが口針。五型ニューロンは上部で複雑に分岐し、表層付近まで伸展している。
 
用語説明
透過型電子顕微鏡:電子を試料に透過させて内部構造を高倍率で観察する顕微鏡
感覚ニューロン:外界の刺激(光、音、物理刺激など)を受け取り、中枢神経につたえる神経細胞
五型ニューロン:口針を持つ線虫にだけみられる感覚ニューロン
行動撹乱:外的刺激や化学物質などによって、生物の通常の行動が変化・阻害される現象
受容体拮抗薬:受容体に結合して本来の刺激や物質の作用を妨げる薬物
マツノザイセンチュウ:マツ材線虫病の病原体。マツに寄生して枯死に至らしめる
遺伝子発現解析:細胞内でどの遺伝子がどの程度発現しているかを解析する手法
 
 本研究は科学技術振興機構 先端研究基盤共用促進事業(信州大学基盤研究センター コアファシリティ推進室) JPMXS0441000023、科学技術振興機構JST ACT-X JPMJAX22B4(代表者:浴野泰甫)、および科学技術振興機構 創発的研究支援事業 JPMJFR210A(代表者:新屋良治)の支援を受けたものです。
 
 
【発表雑誌】
Journal of Comparative Neurology
 
【論文名】
Ultrastructural description of amphid neurons in the pine wood nematode indicates concurrent evolution of the stylet and specific neurons
 
【著者】
Taisuke Ekino(浴野 泰甫)帯広畜産大学 グローバルアグロメディシン研究センター
Ryoji Shinya(新屋 良治)明治大学 農学部
 
【掲載日】2025年11月12日
DOI: https://doi.org/10.1002/cne.70114