ー東京宝塚劇場・京都 弥栄会館で使用されていた調光装置-
 
独立行政法人国立科学博物館が選定、登録を行っている重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)に、丸茂電機株式会社が戦前に製造し、所有している『U 型多分岐式調光変圧器(東京宝塚劇場 納入)』、『U 型多分岐式調光変圧器と調光操作盤(京都 弥栄会館 納入)』、『CR型調光変圧器(京都 弥栄会館 納入)』の3件が登録されました。舞台芸術分野の産業機器としては、初めての登録となります。また、今年度は他社製の調光装置も含め、舞台照明用の産業機器として合計5件の資料が登録されました。これまで一般的には知られていなかった舞台照明用機器について、科学技術史の視点から本格的な調査、研究がおこなわれ、その重要性が評価された点において、非常に意義深い登録であると捉えています。
 
登録内容
 
U 型多分岐式調光変圧器
製作年:1933年 
選定理由:本資料は1934年に開場した東京宝塚劇場に導入された舞台照明設備の主要装置である。舞台照明設備は西洋風の劇場の登場と共に輸入され、大正時代には外国製を模倣した国産品も登場するようになった。それらで使用されていた抵抗器式の調光装置に変わり、丸茂電機が独自に開発したのが多分岐式調光変圧器であり、国内で初めて東京宝塚劇場に採用された。 変圧器の巻線の途中に複数の端子を設けて電圧を分割し、多数の調光回路を一つの変圧器で受け持たせたことにより、回路ごとの抵抗器が必要なくなり電力損失が少なくなり、負荷の変動にかかわらず一様に調光することが可能となった。この方式は通称「オートトランス式調光装置」と呼ばれ、サイリスタ方式に変わるまで30年以上も我が国の舞台照明用調光装置の主流となり、その先駆けとして重要である。
U 型多分岐式調光変圧器 (東京宝塚劇場 納入)
東京宝塚劇場 竣工当時のU 型多分岐式調光変圧器
■東京宝塚劇場
東京宝塚劇場は1934年1月1日、宝塚歌劇の東京拠点として開場した。設計にあたっては設計担当者がアメリカやイギリス、フランス、ドイツなどの劇場を視察し、欧米の優れた劇場を模範とした上で、当時の日本で最大規模の高さを誇るプロセニアムアーチ(舞台と客席を区切る額縁)を備えた大レビュー劇場として建築された。舞台照明設備においても実用化されていなかった「多分岐式調光変圧器」をいち早く採用し、当時、舞台袖等の舞台側に配置されることが多かった照明操作室を、舞台が視認できる客席側へ設けるなど、現在の舞台照明設備の基礎を築いたという点でも画期的な試みがなされている。
東京宝塚劇場 竣工当時の調光操作盤
戦後はGHQにより接収され「アーニー・パイル劇場」として使用されていたが、1955年には再び「東京宝塚劇場」として再開場。老朽化により1997年に閉場するまで、東京における宝塚歌劇の人気を支えた。現在の東京宝塚劇場は、2001年に東京宝塚ビル内に建て替えられたものであり、舞台照明設備には引き続き、丸茂電機の設備が納入されている。なお、今回登録された「U型多分岐式調光変圧器」は戦後、丸茂電機が譲り受け、現在は丸茂電機技術センター(東京都大田区)に保管されている。
 
  
U 型多分岐式調光変圧器と調光操作盤
製作年:1936年
選定理由本資料は1936年京都祇園の弥栄会館に納入された初期型のU型多分岐式調光変圧器と調光操作盤である。本装置は、そこで近年まで使用され、弥栄会館のホテルへの増改築工事に伴い、2020年に保存のため、移管された。手動/電動両用として製作され、電動操作盤も現存しており、当時の操作方法などを知ることができる。調光変圧器と調光操作盤の両方が残る我が国最古の舞台照明用調光装置として重要である。
U 型多分岐式調光変圧器と調光操作盤(京都 弥栄会館納入)
U 型多分岐式調光変圧器
調光操作盤
 
 
CR 型変圧器式調光装置
製作年:1936年 
選定理由:本資料は1936年に京都祇園の弥栄会館に客席照明用の調光装置として納入された、CR型変圧器式調光装置である。本装置は1 V以下の電圧変化で、100 Vから0 Vまで自在に操作し、電灯の調光に全くちらつきがなく平滑に明暗を調節し、任意の調光度を長時間維持できた。CR型変圧器式調光装置は客席照明用並びに小劇場の舞台照明用調光装置として多用された。本資料は現在でも調光動作が可能な状態であり、現存する我が国最古のCR型変圧器式調光装置として重要である。
CR型変圧器式調光装置 (京都 弥栄会館納入)
弥栄会館(やさかかいかん)
京都 祇園の弥栄会館は祇園甲部組合により祇園甲部歌舞練場の敷地内に、興行を行う劇場として1936年に建設された。椅子席の近代的な洋風劇場として、演劇や人形浄瑠璃などの伝統文化のほか映画館やコンサートホールなどにも利用され、長年地元の人々から親しまれてきた。2001年には国の登録有形文化財に、2011年には京都市の歴史的風致形成建造物に指定され、歴史的建造物としても評価されている。 2013年以降、建物の老朽化と耐震性の問題により劇場部分は使用されず、その後、2021年には躯体の一部と2面の外壁を保存しつつ増改築され、帝国ホテルにより新しくホテルとして再生されることが発表された。今年10月の竣工、2026年春のホテル開業に向けて現在も工事が進んでいる。今回登録された「U 型多分岐式調光変圧器と調光操作盤」と「CR 型変圧器式調光装置」は、劇場内に残っていた機器を丸茂電機が2020年に譲り受けて整備したもので、現在は丸茂電機山梨工場(山梨県南アルプス市)に保管されている。なお、「U 型多分岐式調光変圧器と調光操作盤」は2013年まで使用されていた。
 
弥栄会館 竣工当時の全景(写真提供:学校法人八坂女紅場学園)
竣工当時の客席(写真提供:学校法人八坂女紅場学園)
竣工当時の調光操作盤(写真提供:学校法人八坂女紅場学園)
開館式にて日本舞踊「鶴亀」が上演されている様子(写真提供:学校法人八坂女紅場学園)
            
 
重要科学技術史資料について
国立科学博物館では日本の主要な産業技術に関して、その誕生から今日までどのような発展の過程を辿ってきたかについて調査、研究をおこない、その中から特に重要な成果を示し、国民生活や文化の在り方に大きな影響を与えたものに対して、「重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)」として登録し、その保存を呼びかける活動をおこなっています。
詳細は国立科学博物館 産業技術史資料情報センターのウェブサイトをご覧ください。
 
国立科学博物館 産業技術史資料情報センター 
 https://sts.kahaku.go.jp/
 
 
 
丸茂電機株式会社について
丸茂電機は1919年に創業した舞台・テレビ演出照明設備メーカーです。
1924年に竣工した第三期歌舞伎座に、大劇場用としては国産初の舞台用調光器(抵抗器)を製作し、納入。以降、歌舞伎座をはじめ、新橋演舞場や南座、宝塚大劇場、帝国劇場や四季劇場などの民間劇場から、新国立劇場(中劇場)、東京文化会館、東京国際フォーラム(ホールA、B7)、世田谷パブリックシアターなどの全国の公共ホールの舞台照明設備を幅広く手掛けています。
 
 
■会社概要
社名:丸茂電機株式会社
本社所在地:東京都千代田区神田須田町1-24
代表者:代表取締役社長 丸茂 英津子
事業内容: 舞台・テレビ演出照明設備の開発、製造、設計、施工、保守、販売
創業: 1919年3月(設立:1945年12月)
HP:https://www.marumo.co.jp/